沈黙の儚き風

□story6
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 最近、夢見が悪い。

 時雨はいつもよりも早くに目覚めてしまった。

(あの日から…、)

 はるかと再会したあの日から少し前のひとときが脳裏に甦ってくる。

 思い出したくないのに。

 見たくないのに。

「ふぅ…、」

 一つ息を吐くと時雨はベッドから降りて部屋を出た。

 そして出た廊下をさらに奥まで進んでいく。

 突き当りまで行くと建物の様式には不釣り合いな形の扉があった。

 その扉を開くとその先は暗く、一瞬視界が閉ざされる。

 暗いその部屋の中は、この家の敷地にしてはありえない広さがあった。

 中にはいかにも怪しい実験の器具が多く置いてあり、少し濃いピンク色の液体の入った試験管がずらりと並んでいた。

 時雨はそれに怖がりもせず平然と入って進んで行く。

 この研究室にあるものが何なのか知っているのだ。

 そのままさらに奥まで時雨は進む。

「ん?どうしたんだい?時雨くん?」

 奥まで進んで行くと白衣を来た男性が立っていた。

 その人物は肩越しに振り返って時雨に気づくと優しい声で話し掛けた。

「創一さん…、」

 そこにいたのはこの家の主、土萌創一だった。

 時雨はそのまま創一に寄って行くと、彼の背中に額を当てて縋りつくように両腕を回した。

「こんな朝早くに、怖い夢でも見たのかい?」
「ゲルマトイドは、黙って」
「ふん」

 時雨は、抱き着いている創一に対して“ゲルマトイド”と呼んだ。

「下等なダイモーンのお前は黙ってて…、私は創一さんに用事があるの」
「くくく。私は創一だよ」
「黙って!!」

 そう言いながらも時雨は創一を抱き締め続けている。

 まるで父親に甘えるかのように。

「いつまでそうやっているのかしら」
「っ!?」

 やっと沈黙になって、気持ちが落ち着いてきたというのに背後から女性の声が湧いて来た。

 咄嗟に創一から離れて振り返ると、感情の見えない朱い瞳をこちらに向けたカオリナイトがそこに立っていた。

「カオリ、ナイト…、」
「見ているこちらが恥ずかしいですわ」
「・・・・・」

 冷笑を浮かべて嫌味を言って来るカオリナイトに時雨は鋭利な瞳を向ける。

「ふっ」

 そして負けじと冷笑を浮かべる。

「そんな嫌味を言ってる間に次のターゲットでも探したら?」

 時雨はこの研究所のことだけではなく、創一やカオリナイトが何をしているのかも全て知っている。

「早く創一さんを満足させてあげてね」

 そうカオリナイトに嫌味を返すと創一たちの元から去って行った。

「口が減らない生意気な娘ですこと…」
「だが、カオリナイトくん」
「はい?」
「時雨くんの言う通り、私を満足させて欲しいね」
「・・・はい…、」

 創一にはっきり言われてしまってはこのままではいられない。

 カオリナイトは瞬間に姿を消してターゲットを探しに行った。




 創一たちの元を去った時雨はすぐに研究所からは出て行かずに寄り道をした。

 研究所内にはまだ複数の部屋があり、その中の『ウィッチーズ5』と書かれた部屋の扉を開けて入って行った。

 部屋に入ると、一人の女性がコーヒーの入ったカップを添えてコンピュータに向かっていた。

「こんな朝早くから何してるの?」
「あら、時雨。おはよう」
「おはよう。ねぇ、何してるの?」

 その人物はコンピュータのキーボードを素早く打ちながら、時雨に見向きもせずにとりあえず挨拶はしたという感じだった。

 時雨は挨拶を返した後、負けじと訊く。

 女性は、エンターのキーを力強く打ってふうっと一つ息を吐くと眼鏡を外して時雨を見る。

「論文よ、論文!」

 教授に認めてもらい、役に立ちたいための論文をまとめているというのだ。

「ふぅ〜ん」
「何よ?意味ありげじゃない?」
「別に〜、」

 時雨は突っ込まれたのに対し、天井を仰ぎ見ながら誤魔化した。

(役に立とうと思わなくていいだけど…、)

 彼女はただの駒だというのに。

 時雨は心の内でそう呟いていた。

「まー、頑張ってくださいな」

 そうあっさりと言うと時雨は片手をひらひらと振りながら研究所を出て行った。

「なんなのよ?」

 時雨の態度にその女性は目を丸くした。




‡   ‡   ‡



「じゃぁね」
「うん…早く迎えに来てね」

 いつも通りの朝。

 あの後、時雨はほたると共に土萌の家を出て、無限学園までほたるを送りに来ていた。

 先日、久しぶりに体調を崩したせいかほたるは少し臆病になっている。

 そのことが分かっているので時雨は優しく微笑んでほたるに頷いた。

「分かったよ」

 そうして、ほたるは中等部の建物へと向かって行った。

 ほたるを見送った時雨は十番中学へと歩き出した時、自分を見つめる二組の視線に気づいた。
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