沈黙の儚き風

□story5
1ページ/3ページ

 夢を見る――…


 赤くて、

 紅くて、

 朱い世界。

 人々を飲み込む邪悪な気。

 妖艶に笑む人物と、温かく笑む人物。


『時雨?大丈夫かい?』

 自分は夢にうなされていたようだ。

 時雨は布団から身体を起こし、優しく声を掛けてくれる人物を見つめる。

 亜麻色の綺麗な短髪に整った顔。

 その深い蒼の瞳にいつも吸い込まれそうになるが寸前のところで思い留まる。

 そして現実を知る。

 現実に戻ると次第に涙が出てくる。

『時雨?』

 いつもそう。

 あなたの傍にいると惹き込まれてしまう。

 夢中になってしまう。

 でも…、





「時雨……ちゃ…ん」
(ん?)
「……ちゃん…時雨ちゃん…」

 誰かが呼んでいる。

 誰?

 私にはもうあの娘しかいないのに。

 誰が私を呼んでいるの。


「時雨ちゃん!!」
「え!?…あ、…はい!?」

 大きな声で名前を呼ばれて時雨は目を覚ました。

 今、時雨は馴染みにしている喫茶店『クラウン』に来ていた。

 そして周りにはクラスメイトのうさぎや他校の美奈子たちがいる。

(そうだった…、月野さんたちに誘われたんだった……)







 時雨が今日も一日平和に授業を終えて帰宅しようとしていた時だった。

 うさぎと亜美、まことが自分の席に集まって来て言った。

「ねぇ時雨ちゃん、今日、放課後にちょっと付き合って欲しいんだけど…」
「え?」

 急なお誘いに時雨は少し怪訝に思った。

 だが、馴染みにしている喫茶店に行くということだったので付き合うことにしたのだった。

 また、断ったところで素直に帰してもらえそうな雰囲気でもなかった。

 クラウンに着くとそこでバイトしている宇奈月が「いらっしゃい」と明るく声を掛けてきて、いつも頼んでいる紅茶を持ってくるねと言って奥に入って行った。

「あれぇ?まだレイちゃんも美奈子ちゃんも来てないねぇ」

 いつも集まっている大人数のテーブルに誰も座っていなかったのを見てうさぎが呟いた。

 美奈子が来るということを聞いて時雨は嫌な予感がした。

 昨日の今日だ。

(うわ…本当に迷惑…、)

 思い出したくないことを思い出してしまった。

 少し不貞腐れながら席に着くと時雨は窓の外を眺めたまま黙り込んだ。

 そうしているうちに居眠りしてしまったようだ。

 あとからクラウンにやって来た美奈子がその眠りを覚ますように大きな声で時雨を呼び掛けたのだった。




「起きたわね」

 フフンと嬉しそうな笑みを見せる美奈子に時雨は頭痛が起こりそうだった。

 美奈子の笑みがとても嫌らしいものに見えたからだ。

 そう、昨日の今日なのだ。

(だからか…、)

 昨日、ゲームセンターの前であの人に会ってしまったからこんな夢を見てしまったのか。

「はるかさんとどういう関係だったの!!?」

 そう、はるか。

 片時も離れず一緒にいたあのひととき。

(よくはるかのベッドで一緒に眠ってたっけ…、)

 過去の1ページ。

 思い出したくなかった。

 出会いたくなかった。

 でも美奈子は遠慮なく聞いてくる。

「ねぇ、時雨ちゃん、聞いてる?はるかさんとどういう関係だったのよ!?」
「知らなーい」

 時雨は宇奈月が淹れてくれたアップルティーを一口飲んだ後にぷいと美奈子から視線を逸らしながらつっけんどんに答えた。

「知らないわけないでしょう!?」

 美奈子の興奮はヒートアップしていく。

「あのイケメンはるかさんが時雨ちゃんを見て表情を崩していたのよっ!!」
「前の中学が一緒だっただけよ」
「なにっ!!」

 あまり煩い美奈子に時雨は淡泊にそれだけを言った。

 美奈子は時雨に構わずさらに根ほり葉ほり聞こうとする。

「はるかさんの知っていることを白状しなさいっ!!」
「知らな〜い」
「むむむ」
「知らな〜い」

 時雨はテーブルに両肘で頬杖をついて美奈子に答える。

「だいたいあの人は女性でしょう」

 女性のはるかのことを知ってどうするのだと時雨は言いたいようだ。

「綺麗な人のことを知りたいのよっ!」

 負けじと美奈子は答える。

 “あっそ”と相変わらず冷めた様子だ。

「でもぉ、昨日の時雨ちゃんの様子、ちょっとおかしかったよ?」

 美奈子が質問攻めに一息つけているところにうさぎが言った。

 結構痛いところをついてくる。

「そうねぇ、動揺してたわね」

 うさぎの言葉に乗っかって美奈子が嫌な笑みを再び見せながら、さらにつついてくる。

「だから、ただの先輩と後輩よ…」
「この美奈子様がそんな言葉を信じると思って?」

 美奈子は二人にはまだ裏があると思い時雨の言葉を全く受け入れない。

 時雨は飽き飽きしていた。


「天王はるかは中学時代、女子陸上部のエースで時雨はその部のマネージャー」


「「「「「「!!?」」」」」」

 美奈子との問答を繰り返しているところに低い声が後ろから湧いて来て一同は驚いた。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ