沈黙の儚き風

□story1
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 赤くて、

 紅くて、

 朱い世界……。

 人々が人形のように固まっていて、誰一人動いていない。

 そのまま邪悪な気に消されていく。

 高い瓦礫の上には妖艶な笑みを浮かべて、大きな鎌を持った何者かが立っている。

 そして、大きく飛び上がるとその鎌を振り下ろした。



沈黙がやって来る――…





「………」

 時雨は自然と目を覚ました。

 悪夢ともとれるだろう夢を見たにも関わらずとても冷静な表情だった。

「ん……」

 時雨の隣には時雨よりも少し幼い漆黒の髪の少女が眠っていた。

 ちょうど眠りを浅くして小さく声を漏らしてゆるゆると目を覚ました。

「……しー、ちゃん…?」
「おはよう、ほたる」

 ほたると呼んだその少女に笑顔を向けると時雨はベッドから起き上がった。

「さぁ、学校に行く準備をして」

 まだ寝惚けているほたるは、時雨に促され、目を擦りながら起き上がった。

 時雨は、ほたるを残して彼女の部屋を出ると一旦自分の部屋に寄って制服を取り、浴室に向かって行った。




「はぁ〜」

 来たる沈黙の夢。

 最近見る回数が増えているような気がする。

 その夢に関しては動じていないが、代わりに時雨はあの日のことを思い出してしまう。

「………」

 静かに目を瞑り、シャワーを浴びる。

 しかし、時雨の耳の奥深くで鳴り響いているのはシャワーの音ではなく、耳が痛くなるほどの物凄い衝撃を含んだ大きな爆発音。

 そして、瞼の裏に映るのは朱く燃え上がる炎と上空へと舞い上がる曇った煙――…

「………」

 時雨は一つ眉を動かして、そぉっと目を開いた。

 耳に響くのは爆発音ではなく、絶え間なく床を叩く水の音が聞こえ、目に映るのは朱い炎と曇った煙ではなく、降り注ぐシャワーだった。

 しばらく一点を見つめていた時雨は徐ろにシャワーを止めると、身体をバスタオルで包み、浴室から出た。

「朝からシャワーを浴びるなんて、中学生だというのにとても優雅ですこと」
「!!」

 浴室から出ると、真っ赤な長髪を靡かせて、胸元が大きく開いた真っ赤なタイトスカートの上に白衣を羽織っている女性が立っていた。

 瞳の色も朱いのだが、どこか色のない冷めた印象を受ける。

「何の用?」

 時雨は険しくした灰色の瞳を女性に向けて、冷ややかに尋ねた。

「研究室から出てくるなんて…」
「たまにはこの家に姿を見せてもいいでしょう?」
「こっちは迷惑なんだけど?」
「まぁ、そんな邪険にしなくても」

 女性は、時雨に冷淡な態度を取られても平気な様子で感情のない瞳を細めて笑った。

 時雨は自分に嫌味を言ってくる女性に更に眉を顰めた。

 時雨のその表情を見て満足したのか、女性は高笑いしながらその場を去って行った。

「……カオリナイト…」




 時雨は少し前に【土萌創一】という人物の養子になった。

 土萌創一は遺伝子工学の科学者として名を馳せている。

 そして今や天才たちが集まるという【無限学園】の理事長を務めている人なのである。

 先ほど時雨と一緒に寝ていた【ほたる】という少女は、今は中学一年生の創一の一人娘だ。

 ほたるは、土萌創一が理事長を務める無限学園に通っている。

「ほたる、今日はちょっと一緒に帰れないの」
「え?」
「ちょっと寄り道するところがあるから先に家に帰ってて」
「……うん。分かった」

 少し淋しげに不安そうにほたるは頷いた。

 そうして、少女は無限学園の門をくぐって校舎の方へと歩いて行った。

 時雨はというと、無限学園の門をくぐらず、そのまま踵を返して反対方向に歩き始めた。

 無限学園の制服はスカートが緑色のチェック、ブレザーは茶褐色地のもの。襟は緑色で、胸元のリボンは中学生は青色、高校生は緑色である。

 だが、時雨はその制服を着ていない。

 スカートは真っ青。

 上は白地に襟が青色で白のラインが入っていて、真っ赤なリボンが胸元を飾ったセーラー服だった。

 そして、彼女が向かった先は【十番中学】だった。

 時雨は中学1年の時は十番中学とは違う中学に通っていたのだが、中学2年の夏頃に土萌の養子に入り、そして学校から勧められたアメリカへ留学していた。

 それまでは一人暮らしをしていのだが、アメリカから帰国後、土萌の家に住むことになり、十番中学へと転校した。

 土萌創一からはもちろん、無限学園への転校を勧められたのだが、時雨はそれを断って十番中学にしたのだった。




‡   ‡   ‡



(はぁ…)

 学校での一日が終わった。

 沈黙の夢を見ることは別に構わない。

 だが、その夢を見始めたのは“あの日”からなのだ。

 あの日のことは今になってもつらい思い出である。

 一日中、あの日のことを思い出してしまっていた。

 考え過ぎて、どことなく頭痛がするような気もする。

 だからと言うわけではないが、時雨は朝からなんとなく寄り道したい気分だった。

 ほたるにも伝えているし、少し遅くなっても大丈夫だろう。

「でも、まぁ、ほたるの体調も気になるし……」

 少し商店街を見て行ったらすぐに帰ろう。

 時雨は学校を出ると、賑やかな商店街に向かって歩いて行った。
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