皇翠〜kousui〜
□act.2
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姉妹たちは、ジェイドのことを大人しくて誰かに護ってもらうタイプのか弱い少女かと思っていた。
だが、囲われて育ってきていた姫という形の中に、芯のしっかりとした勁い部分が潜んでいることが、今、垣間見えた。
姉妹たちは一瞬にしてジェイドに持つ印象が変わっていった。
「先代も若くして亡くなっています」
「まぁ…、」
コーアンが哀しい声音で言葉を漏らした。
「プリンス・デマンドは、夢見城が崩れ落ちたと仰っていたけれど、あなたの故郷は?」
ペッツが改めて聞いた。
「私…孤児なんです。故郷も両親の顔すらも覚えてはいません…」
「そうだったの…」
相槌を打つペッツにジェイドは眉根を下げながら笑顔を見せる。
「物心ついた時には次の<夢見>として城に呼ばれ、自分が<夢見>に就くまでは先代の補佐をしていました」
自分の居場所はあの城しかなかった。
ジェイドはその時になってはたと気づいたことがあった。
幼い頃からずっと過ごしてきていた夢見城。
あそこにしか自分が居られる場所はなかったというのに、城が攻撃を受けて崩れ落ちるところを目の当たりにしながら、その時も悲しさを全く感じなかった。
攻撃を仕掛けてきたのが誰だか分からず、自分の身もどうなるのかも見えない中で恐怖だけはひしひしと感じていた。
だが、哀しみや淋しさを感じなかった。
あの場所への執着はない。
それは今もだった。
思い出しても悲しさを感じない。
(どうしてだろう…)
自分が望んで過ごしていた場所ではなかったからなのか。
自由ではなかったからなのか。
「なら、私たちを家族だと思ってくれたらいいわ」
「え?」
ジェイドの話を聞いていたペッツが少女の肩に手を置いて、優しい口調でそう言った。
「そうよ!私たち、姉妹になりましょう」
コーアンがペッツの言葉に乗っかって更に提案する。
姉妹たちは皆、ジェイドを囲んで温かく迎え入れてくれている。
「ありがとう」
ジェイドはその温かさに心がほっこりとして自然と笑顔が零れる。
「どうやら、あやかしの四姉妹と打ち解けたみたいだな」
「デマンド…?」
「「「「!!?」」」」
四姉妹に囲まれている中で温かい気持ちになり、ほっこりしているジェイドにデマンドが声を掛けた。
それに驚いてジェイドがデマンドの名を呟くと、四姉妹が目を丸くして驚いていた。
「では、ジェイドのことをくれぐれもよろしく頼むよ」
デマンドが四姉妹にそう言い置くとジェイドの腰に手を回し、自然な動きで誘導して、その広間から去って行った。
唖然と見送る四姉妹。
「今、プリンスのことを…」
「まさか…」
ベルチェとカラベラスがこそこそと話している。
(・・・・)
ペッツはデマンドとジェイドを見送ったあと、なんとなく後ろを振り返ると、その場にいた全員が退出して行った二人のことを見ていた。
(…っ!?)
その中でもエスメロードは、一際苦々しい表情を見せてジェイドのことを睨みつけている。
一方、ルベウスは厭らしい笑みを湛えてじっとりと見ていて、どちらのことを見ていて、何を思っているのかが読みづらい。
その傍らでサフィールも二人の後ろ姿を見送っていた。
いつも兄であるデマンドのことを気に掛けているサフィール。
今回も兄独断の突然の出来事に驚き、彼のことを心配しているのかと思ったが、どうやら少し違うようだとペッツは感じた。
デマンドのことも見ているが、ジェイドのことをじっと見つめている。
(サフィール様?)
ペッツは気になったが心に留めておくことにした。
あの少女の温かい笑顔がペッツの脳裏に焼き付いている。
少女のあの笑顔を護り、妹たちのように大切にしてあげたいと、そう思わせるジェイドのことを、会ったばかりではあるが特別だと感じたのだった。
広間から出るとデマンドはジェイドが疲れただろうと思い、先ほどの部屋へと向かっていた。
「どうだ?我が一族は」
「どうって…、まだ出会ったばかりよ」
デマンドに唐突にそう聞かれて、ジェイドは口元に手を当ててくすっと笑った。
「でも…」
「ん?」
「ペッツたちとは仲良くできそう」
そう言って可愛らしい笑顔をデマンドの方に向ける。
「きゃっ!」
笑顔を向けた瞬間、デマンドはジェイドを抱き締めた。
「ジェイド、ずっと傍にいてくれ」
「………はい」
ジェイドはそっとデマンドの背に手を回して抱き締める。
そして、デマンドの温かさを感じながら幸せな気持ちがジェイドの心の中で広がり始めていた。