昏い銀花に染められて…
□the present 19.
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月野邸に移り、ヴェーランスと取引を結んだあの日から、数日が経った。
かぐやは、いつも通り夜の十番公園にやって来ていた。
冬の冷たい風にも負けず、相変わらずの薄着で出て来て、冷たく冷えたベンチに座ってじっとうずくまっている。
月野家は今頃、家族勢ぞろいで夕食を摂っている頃だろう。
かぐやは居候になったその日から、まだ彼らと同じ席に座って食事をしたことがない。
朝食や弁当もいらないとはじめに言っていた。
自分に気を遣ってくれている育子に甘えて、何かしら理由を付けて食事時には家を出て来ている。
まだ、同じテーブルを囲んで、賑やかに話をしたくなかったからだ。
自分の家族とのことを思い出して、一人部屋に戻った時に淋しさを感じるのが嫌だったから。
それに、ガーネットのことも……。
(ガーネット……)
顔を膝に埋めて、大切な猫の名前を心の中で紡ぐ。
あれから数日。
ある直感はあるが、それでもそれを真実にするのが怖くて未だ行動に移せていない。
他の方面も当たっているが、相変わらずセレニティの生まれ変わりだろうと思われる人物――セーラームーンの正体が分からないでいた。
「また寒そうな恰好をしているのね」
「っ!!?」
急に声が降って来て、かぐやは驚いて顔を上げた。
上弦の月の明かりはまだ弱く、淡い月明かりの下、露出度の高い黒い服を身に纏った女性が、かぐやの見つめるその先に立っていた。
それはかぐやが心秘かに待っていた人物だった。
「ヒーラー……」
「こんばんは」
そう言って、銀髪を冬風に靡かせながらかぐやの隣に座った。
かぐやは同性だというのに、何故か彼女が隣に座ったことにドギマギしてしまった。
そして、俯く。
「どうかした?」
「え?」
急に尋ねられて、かぐやは驚いてまた顔を上げる。
まっすぐにヒーラーの方を見て、目を瞬かせる。
「なんだか昏い……、それに家を訪ねてみたら居なかったし、」
夜天としてかぐやがうさぎの家に越したことを知っていたが、ヒーラーとしては知らなかったことだとして話を進める。
かぐやはハッとしてヒーラーに答えた。
「引っ越したの。その…従姉妹の家に……」
「そう」
「あなたに会いたかった」
「え?」
かぐやのその言葉にヒーラーは少し目を大きくさせた。
夜天の時には見られない姿だったからだ。
夜天の時でも「会いたい」と言われたいものだ。
「大切なガーネットに……あの子の中に……」
ヒーラーはかぐやのその言葉に表情を引き締めた。
あの時のことを話してくれるつもりなのだろう。
急に飛び出していった紅色の猫と何があったのか。
「あの子の中に……ヴェーランスという魔女の魂が……」
ヴェーランス。
ヒーラーはその人物の名前を聞いて驚いた。
ルナから聞いた、前世で月の王国で起こった事件の重要人物。
「ソレがあの子を器として息を潜めていた……月の一族に復讐をするって……」
かぐやは悲痛な表情をヒーラーに向けている。
ヒーラーは今すぐにでも抱きしめてしまいたい衝動に駆られたが、理性でそれを抑えてかぐやに尋ねる。
「あなたは、何者なの?」
ヒーラーはもう待てないでいた。
彼女の正体。
その姿も、瞳も……境遇も…あのカグヤと同じすぎているから。
「私は……」
かぐやは少し言い澱んだ。
だが、ヒーラーは戦士だ。
自分のことを話しても、理解してくれるだろう。
そう思い、また口を開く。
「私は月のもう一人のプリンセス……その生まれ変わり…」
ヒーラーはその言葉を聞いてとても安心した。
(あのカグヤなのね)
見つけた。
本当に見つけた。
「でも、ヴェーランスに記憶を混乱させられていて……自分がプリンセスだったことだけが唯一はっきりとしているの」
少女の瞳は揺れていてとても不安そうだった。
過去の自分が何者だったのか、さ迷っているように……。
「かぐや」
「?」
すると、ヒーラーがとても優しい声でかぐやの名を呼んだ。
かぐやは隣に居るヒーラーを見上げる。
「私が傍にいるわ。ずっと」
「!?」
「焦らなくていいよ。ゆっくりと思い出して」
そう言うと、ヒーラーはすっと立ち上がって去って行った。
まるで今までのやりとりが夢だったかのように、彼女は自分の目の前から居なくなった。