沈黙の儚き風

□final story9
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 潤む時雨を見ながらユージアルは仕方がないなと呆れたような表情を見せる。

 そして、時雨の肩を掴んで自分とは反対方向に時雨の身体を向ける。

「・・・・」

 時雨はユージアルにされるがまま従う。

 背後にいるユージアルを感じながら時雨は目を瞑った。

『サヨナラ。私の儚き風…』

 ユージアルはそう言うと、優しく時雨の背を押した。

 時雨の身体が前に進む。

 その一歩を踏んだとたんに、吸い込まれるような勢いで時雨の身体が前に進んでいった。

「っ!!」

 驚いて振り向いた時には、ユージアルの姿はもう豆粒ほどになっていた。

(ユージ…、)

 ありがとうと時雨は口を開閉させた。

 そして前に向き直すと強い光が視界を奪った。







「はぁ、はぁ、はぁ…」

 その時、榊は息を切らして銀河テレビの建物の近くまでやって来ていた。

 なにせ郊外に家があるものだから、敵の手に落ちて人の気配もない、道路も機能していない状態で榊は走ってここまで来たのだ。

 途中で挫けそうにもなったが、時雨を求める気持ちの方が強かった。

(もう、すぐそこだ…)

 周囲には瓦礫もあり、危険地帯ではあったが、榊は怯みもせずに進んでいく。

(時雨はどこにいるんだ?)

 榊は周囲を注意深く探っていた。

「っ!!」

 そして銀河テレビの正面玄関が見えたところで人が一人倒れているのを見つけた。

「時雨っ!!」

 それが時雨だと榊はすぐに気づき、焦って駆け寄った。

 地面に時雨が力なく倒れている。

(そんなっ!!やめてくれよっ!!)

 倒れている時雨の元に駆け寄ると榊は膝をついて少女を抱き起こす。

「時雨っ!!時雨っ!!」

 大きな声で呼び掛けて身体を揺するが、少女は目を開く様子を見せない。

 榊は時雨の口元に耳を近づける。

(呼吸はある…)

 ほっとしたが、それでもこれはどういう状態なのか。

 呼び掛けに全く応じないこの状態は。

「時雨っ!!」

 榊は不安に駆られた。

 戦士との戦いの中で何かあって、この状態になってしまったとして、このままということはないだろうか。

「頼む…、時雨…、目を開けてくれ」

 榊は時雨を強く抱き寄せる。

「時雨……」

 そして、涙を落とした。

 榊は恐れていた。

 自分の知らないところで時雨が消えてしまうことを。

 一瞬だけ時雨が儚く見えたことがあった。

 あれはこれを予見してたというのだろうか。

「戻ってきてくれっ!!!時雨っっ!!!」

 榊は心の底から叫んだ。



「さか…き……?」



「っ!!?」

 榊は小さな呟くような声が聞こえて驚き、強く抱き締めるその手を緩めて、胸中に収まる少女の顔を見た。

 時雨が目を開いて自分を見つめているのだ。

「榊…、」

 時雨がまだうまく力が入らないのか、弱々しく榊の頬へと手を伸ばす。

 そしてその手が頬に届くと言った。

「好き…」
「えっ!?」

 榊の胸が高鳴った。

 目を大きく見開き、時が止まったように無音となる。

 時雨はまっすぐに自分を見つめて、今度ははっきりと言う。

「大切なの…、愛してる…あなたのこと…」

 時雨の言葉だけが榊の耳に届く。

 固まる榊に笑みを見せながら時雨は自分の唇を彼の唇に近づけていく。

 そして重ねる。

 これまでに時雨からキスしてくることもあったがこれはまた感じが違った。

 想いが重なったキスだった。

 榊は時雨の想いが現実だと理解した。

 嬉しくて仕方がなかった。

 幼い頃からの想いがやっと、やっと通じた。

 榊は時雨の後頭に手を添えると、更に深く口づけをする。

 時雨は拒まなかった。

 しばらくの幸福の時が過ぎた。

「あ…」

 お互いの唇が一旦離れる。

 時雨がふと空を見上げると、赤黒かった空模様が次第に晴れやかになっていった。

 榊も時雨と同じく空を見上げた。
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