沈黙の儚き風

□final story8
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 その温かさを感じながら時雨は息を整えて現実に戻ろうと心を落ち着け始めていた。

 だが――、


『泣くな。それが自分たちの使命だ』


「っ!!?」

 はるかの声が耳に届いてきた。

 はるかからの最期の時雨へのメッセージ。

(まさか…、)

 ほたるの死を知った時に思い出していた前世の記憶。

 前世で主であるサターンの死に悲しみを抱く自分に厳しい声を投げかけた戦士がいた。

 それが、まさか――

「ウラ…、ヌス…なの…?」

 ウラヌスだったとは。

 落ち着きかけていた時雨の心にまた哀しみが蘇る。

「う…、う……、」

 再び、言葉のない声が漏れ始める。

「時雨?」

 抱き締める榊は腕の中の時雨の異変に気が付いた。

「うぅう……」

 窓も開けていない部屋だというのに時雨の髪が靡き舞い出したのだ。

 そして時雨の全身を紫色の光が纏い始める。

「あ"あ"あ"あ"ーーーー!!!」
「うわっ!!」

 時雨の全身を纏った光が大きく膨れ上がるのと同時にまた叫び声をあげたかと思うと、時雨は上体を起こした。

 その輝きの力の波動に弾かれた榊は少しだけ後方に飛ばされた。

 狭い部屋の中で榊は壁に打ち付けられたが、すぐに体勢を立て直すと時雨のことを見た。

 創一は唖然として時雨の姿を見ている。

 何が起こったのか現状を把握できていない。

 だが出来事は進んでいく。

 光を纏ったまま時雨は立ち上がっていた。

 その頬にはまた涙が伝っている。

 時雨は抑えきれなくなった力をどんどん放出させていく。

 今の彼女の中には、大切な少女、そして愛しい人が逝ってしまった哀しみしかなかった。

 榊とも創一とも合わない空を見ている瞳。

 榊はその時雨を見ていて嫌な予感がした。

「時雨っ!!お前、まさかっ!!」

 その予感を止めたくて榊は時雨に大声を発した。

 そして時雨の方へと駆けて行く。

 榊の声がした。

 榊が自分の方へと駆けてくる。

 空を彷徨っていた視線が榊に焦点を定めた。

 その姿を視認した時雨は確かな意思を持って言葉を発した。


「ごめんね……、」


 その一言を発した瞬間に時雨の姿は消え去っていった。

「っ!!!」

 榊は手を伸ばしたが、あと少しというところで届かなかった。

 時雨が消え去った後、その部屋の中は彼女の放出していた力によって吹き荒れていた風が止み、元の静けさを取り戻していた。

「……一体、何が起こったんだ?」

 創一は事態を呑み込めていなかった。

 これが時雨の普通でない姿なのだろうか。

「あんの、馬鹿野郎!!」

 初めて目の当たりにした彼女の力に驚きを隠せないでいた創一の横で榊は苦々しく言葉を吐いた。

「時雨はいったいどこに消えたんだ?」

 自分よりも事態を把握している榊に創一は尋ねた。

「多分…、銀河テレビに…」
「銀河テレビ?」

 先ほど透視していた時雨から聞いたことだ。

 戦士たちはそこに集まっている。

 そこが今回の敵の本拠地だから。

(約束したじゃないかっ!!)

 榊は拳を強く握りしめていた。

 戦いの場には行かないと。

 自分には戦う術がないからと。

 だというのに、時雨は我慢しきれなくなった思いの果てに、先ほど聞いたばかりの瞬間移動というものをした。

 そう榊は考えた。

「創一さん…、」
「なんだい?」
「俺、時雨と約束し合ってたんだ」

 自分はこの家から出ないこと。

 時雨は戦いの場に行かないこと。

 だけど、

「時雨が約束を破ったんだ」
「そうか…」

 創一には榊が何を言わんとしているのかが分かった。

 自分もそうしたいと思っているからだ。

 だが、ここはこの青年に任せようと思い、彼の続く言葉に耳を傾ける。

「だから俺も…」

 榊は窓の外に目を向けた。

 以前の戦いでは終焉したあとに探し出してみせると言って待つことにした。

「時雨との約束を破ります」

 だが、もう耐えられない。

 使命のためだけに向かって行った彼女のそれが終わるのを待つだけの自分に。

 創一は榊に強く頷いた。

「養娘をどうか無事に連れて帰って来てくれ」

 そうして榊は銀河テレビへと向かって行った。
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