沈黙の儚き風
□final story8
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見えない先の不安を抱えながら時雨はふと天井を見上げた。
(はるか…、)
愛しい人の姿を思い浮かべる。
はるかと初めて会った時には、もう前世の記憶があり、彼女がウラヌスであると瞬間に感じ取っていた。
前世で同じ戦場で戦うこともあったが、その時は今のような感情はなかった。
だが現世では初めて会ったあの瞬間に心臓が大きく音を立てて胸が高鳴った。
無条件に好きになってしまった。
それからはるかも自分のことを気に掛けてくれて、どんどん仲は親密になっていった。
自分たちだけの世界になっていった。
本当に楽しくて、幸せな時間だった。
その時間はすぐに崩れ去っていった。
はるかが戦士として覚醒めた。
彼女は戦士へと導いたみちるとともに戦士の道を歩むことを決心した。
それは時雨には耐えられなかった。
それに自分の使命を全うすることと土萌父娘に巣食う敵の動向を探ることがその時の自分には課せられていた。
敵と交わりながらもほたるを戦士へと導く守り人でいること。
だから、はるかとは同じ道を歩むことはありえなかったのだ。
自分の想いがはるかと交わることはないと諦めたつもりだった。
本当に違う形で会えたら良かったのにと何度も何度も思った。
それでも会う度に想いは積もるばかりだった。
吹っ切ったと思ったのにだめだった。
だから、好きの気持ちを伝えた。
とても時間が掛かった。
伝えてしまえば簡単なことなのに、その時の関係を壊したくなくて伝えられなかった。
でも違う道を進むと決めてしまえば簡単に伝えられた。
簡単と言っても想いはとても複雑だったが。
こうして思い出すと本当に懐かしい。
そしてとても愛おしい。
時雨はその想い出を噛みしめるように天井を見たままの目を閉じた。
目に溜まっていた涙がまた一筋、頬を伝って落ちた。
その瞬間――、
時雨は勢いよく目を開いた。
『僕たちにはもう、青空を飛ぶ翼はない…』
そして機械のように顔を正面に向ける。
『あるのは裏切りの血で汚れた手……』
人形のように表情は固まり、目は大きく見開かれている。
「あ……、う…、あ……」
言葉にならない声が漏れ出す。
呼吸がまた荒くなっていく。
「あ……」
荒い呼吸とともに何度も声が漏れる。
その声が少しずつ大きくなっていく。
「あ…、あ……」
肩が上下するほど、呼吸に力が入っていく。
人形のように固まった表情が段々と苦悶に満ち始める。
そして一瞬、荒い呼吸が止まった。
苦悶の表情のまま、大きな瞳で何もない一点を見据えた状態で呼吸と共に動きも止まった。
頭の中で輝きが消えて逝くのを感じた。
その一瞬が過ぎた次の瞬間――、
「いやああああああああ!!!!!」
時雨は耳元を手で押さえながら、大声で叫んだ。
「ああああああっ!!!!」
言葉を忘れたかのように叫び続ける。
そこへ慌てて榊と創一が駆けつけてきた。
「時雨っ!!」
「どうしたっ!?」
部屋の扉を開けるとベッドの傍らの床に小さく座り込んだ時雨がいた。
小さくなっているが、時雨の心は非常に乱れていた。
「あああああっ!!!」
「時雨?」
二人は部屋に入ってすぐに時雨の傍に寄った。
そして榊がそっと時雨に触れて呼び掛けた。
乱心していた時雨は二人が入って来たことにも気づいていなかったようだ。
榊に触れられて存在にやっと気づくと、勢いよく振り向いて榊の胸に飛びついた。
「はるかがっ…!!!!」
「え?」
その一言を発するだけでも物凄いエネルギーを使っているようだ。
時雨は荒い息を整えるので必死でその続きの言葉が言えないでいる。
「時雨、落ち着くんだ」
傍に控える創一も宥めるように声を掛ける。
「僕たちが傍にいる」
「・・・・」
創一の言葉を聞き入れながら、榊の胸の中で時雨の肩は大きく上下して、まだ息を整えている。
整えながら一つ咳をすると、やっと言葉を発した。
「はるかが…、逝った……」
「なにっ!?」
榊は声を出して驚いた。
「その前に…ほたるも……」
「そんな…」
時雨の大切と思う者たちが消え去って逝ってしまっていた。
創一もほたるの死を聞いて、力が抜けてしまい、間抜けな声を漏らした。
榊は時雨の気持ちを考えると無意識にに彼女を強く抱き締める。
時雨の心が壊れてしまわないように、現実に結びつけておくように。