沈黙の儚き風
□story8
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「天宮時雨……」
とてもよく響く艶っぽい声で時雨の名前を旧姓で呟きながら、みちるはコンピュータのキーボードを打つ。
「見つけたわ。……はるか?」
コンピューターの前のみちるから離れたところにあるソファにはるかは座っていた。
「はるか?」
「ん?なんて書いてあったんだい?」
「―――」
気のないはるかの返事にみちるは少し気にかかった。
とりあえず検索に引っかかった記事を読んだ。
「あの子の両親は土萌教授の元で研究を手伝っていたみたいよ」
「なに!?」
そう言うとやっと立ち上がって、みちるの方を見た。
「あなた、知らなかったの?」
「あ…あぁ……」
「調べるつもりもなかったようね」
そのみちるの言葉にはるかは黙った。
「はるか…?」
はるかは時雨が絡むとどこか無気力になる。
「調べる必要を感じなかった」
みちると出会う前は時雨の全てを理解していると思っていた。
だが、先日、夜遅くにタワーの前で時雨と出会ってからデス・バスターズと関係があるのだろうかと少し疑いを持ちつつある。
しかしそれでも時雨のことを調べる気にはなれなかった。
「で、他には?」
続きを促されてみちるはさらに記事を読む。
「研究所が爆発して天宮夫妻は亡くなったけど、土萌教授とその娘は軽傷で救出された」
「爆発…か……」
だから雷の音が怖いんだな。
はるかはそっと心の内で思った。
そうして今度は昨夜の十番祭りで会った時雨の悲しい眼差しが思い出さた。
それが自分の胸に辛く刺さって悲しい気持ちが支配しはじめる。
‡ ‡ ‡
カタカタカタともう聞き慣れたコンピュータのキーボードが叩かれる音が聞こえてくる。
(あれ?今日はユージのところに来たっけ?)
そう思いながら時雨は重たい瞼を持ち上げた。
やっぱり目の前には見慣れた女性がいる。
大切で愛おしく思う女性だ。
しばらくボーっとしたまま周囲に目を向ける。
そしてハッと覚醒した。
「っ!!」
「あら?起きた?」
一気に光が差したように自分がどうしてここにいるのかを把握した時雨は、起きた自分に声を掛けて来たユージアルを見た。
「ユージ、私…あのまま寝ちゃったの?」
「えぇ。だからこちらに運んだのだけど……」
(しまった)
ユージアルの親切でこの研究所に寝泊まったのは構わない。
一つ気になることと言えばほたるだった。
(私の帰りを一晩待ってたなんてことないわよね…?)
そう思っているといつの間にかユージアルが自分の傍まで来ていて、そっと両頬を包んだ。
「ユージ?」
「気分は…まだ、あんまり良さそうではないな」
「………」
ユージアルの優しい眼差しを受けても尚、自分の心の内を話さない時雨。
そんな時雨をユージアルは別に問いただそうとはしない。
時雨はそんなユージアルをとても暖かいと感じる。
「あんまり無理をしすぎないようにね」
「……ユージもね」
「ユージアルだ」
そのいつものやりとりをする。
すると、ユージアルのデスクにある電話がちょうど鳴り出した。
「………」
その電話の音に条件反射ですぐに反応したユージアルは受話器を取っていつもの受け答えをする。
「また行くの?」
「えぇ。もちろん」
ユージアルは仕事のことになると何故かいつも余裕の笑みを見せる。
「帰って……」
「来るわよ」
時雨の言葉に被せてユージアルは言った。
そのユージアルの顔をまっすぐに見つめて時雨は頷いた。
そして時雨は退出して行った。
「全く…、」
時雨が出て行った扉の方を見て腰に手を当てたユージアルは、ため息交じりに呟いて、そして思った。
(甘えん坊さん)