沈黙の儚き風

□story8
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あの時、もう一歩早く向かっていたら
両親と一緒に
死ぬことができたのだろうか……。


あの時、研究室に向かう道の途中で
どうして足が動かなくなって
しまったのだろうか。



 そう、学校が終わり、真っ直ぐに研究室に向かっていた時雨は何か嫌な予感がして足が止まってしまった。

(どうしたの?どうして?どうして行っちゃいけないような気がするんだろう?)

 まだ幼い時雨はそういった自分の直感が何なのか分からないでいた。

 そう思った瞬間、本当に聞こえたのかどうなのかもよく分からないぐらいとてつもなく大きな音がした。

 そして時雨は、見えない爆風の強い力で後方に大きく飛ばされた。

(何がっ!!)

 何が起こったのか全く分からなかった。




・  ・  ・



 時雨は暗闇の中にいた。

 だが完全な暗闇というわけではなかった。

 ピカピカとところどころで小さな光が瞬いている。

《これは?》

 これは星?――じゃぁ、自分は宇宙にいるの?

《っ!!》

 突然強い光に覆われた。

《何?なんなの!?》

 眩しい光に覆われて時雨は目を固く閉じた。

 その時、


 赤くて、

 紅くて、

 朱い世界が

 時雨の目の前に広がった。

 そこには人形のように固まって動かない人々がいて邪悪な気に消されていった。

 その廃墟と化した一角の瓦礫が高く積まれたところに妖艶な笑みを浮かべている人物がいた。

 その人物は大きな鎌を持っていた。

 そして高く飛び上がり、その鎌を振り下ろした。


《っ!?》

 鎌が振り下ろされたのを最後にその場は静寂と化した。

《な……に…?》

 11歳の少女が見るには少し残酷な夢。

 朱い世界がまた暗闇に戻ると目の前を二人の人影が過ぎて行った。

 一人は、手鏡を手に持ち、マリンブルーのスカートを翻して海のように波打った髪を靡かせて優雅に通り過ぎて行った。

 もう一人は、短剣を持ち、濃紺のスカートを翻した亜麻色の短髪の人物が華麗に去って行った。

《私…知ってる……》

 彼女たちはセーラー戦士と呼ばれて、自分たちが守護する星と自分たちの中心に立つプリンセスを守るために侵略してくる敵と戦い続けている。

 そしてもう一人、漆黒の衣服を纏った少女が時雨の前に現われた。

 夢のはずであるのにその少女は自分を見つめている。

《?》


―――目醒めなさい……


《え?》


―――あなたには使命がある。だから、目醒めるのです。


《目醒める?……私の、使命?》


・  ・  ・



「っ!!?」

 はっと気づいた時雨は何かに閃いたようにある記憶がいっきに頭の中に甦って行く。

 それと同時に今置かれている状況も思い出した。

 そして前方に目をやった。

 飛ばされた時に全身を強く地面にたたきつけられたようだ。

 動く度に重く痛みを感じる。

 実際にギシギシと身体が軋んでいる音を立てているのではないかというぐらい全身が悲鳴をあげている。

 眼前では自分が行こうとしていた研究所から赤々とした炎と曇った煙が上がっていた。

「お、母さん……お父…さん…?」

 時雨は全身の痛みに耐えながら地面に伏せていた体を起こし、そして叫んだ。

「お母さん!!お父さん!!」

 弱々しくも立ち上がりながら、炎の勢いがある研究所の方へと向かおうとした。

 だが研究所の爆発と炎上している様子を見に来た野次馬たちが、危険だと時雨を取り押さえる。

「いやっ!!あの中に、お母さんが!!お父さんが!!」

 取り押さえられ足掻く時雨を数人の大人たちが落ち着かせようとする。

 でも中には両親がいる。

(そして、ほたるとおじさまがっ!!)

 そう思っていると中から誰かが出て来たと騒ぐ声が聞こえて来た。

「っ!!」

 研究室の方に目を向けると確かに燃える建物の中から出てくる人影が確認できた。

「っ!?……おじ…さま……」

 少し焦げた白衣を着た男性が、息も絶え絶えになり片足を引き摺って建物から出てきた。

 男性は一度立ち止まると周囲を見渡した。

 少しして視認した時雨の元までやって来た。

 時雨を囲んでいた野次馬たちは退いて創一に道を開けた。

 そして腕に抱く少女を時雨に渡した。

「っ!?ほたる!!」

 創一から渡された少女は自分が大事にするほたるだった。

 ほたるの服もボロボロになってところどころにかすり傷があった。

 だが意外にも軽症で、ただ気を失っているだけのようだった。

 気絶しているだけだと分かった時雨は安堵の息を漏らしたが、その隣で創一が力なく倒れ込んでしまった。

「おじさま!?おじさまっ!!」

 創一も気を失ってしまった。


・ ・ ・ ・ ・





“ドォ〜ンっ”

「っっ!」

 時雨は尚も轟き続ける雷に耳を塞ぐ手が離せず、目を開けることも立ち上がることもできないでいる。

 本格的に降って来た雨を全身に受けてしまっている。

 少しくせ毛のある髪も濡れて垂れ下がり、頬に張り付いている。

“ピカっ!”

「〜〜〜」

 目を瞑っても一瞬明るくなったのが分かる。

 また大きく轟くのだろうと怖がる時雨はさらに身を固くした。
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