沈黙の儚き風
□story8
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「はるか…、こんなところで何を……」
時雨のことを調べたあと、はるかは一人で出かけると言って出て行った。
時雨のことになるとはるかは落ち着かない態度を見せる。
コレもきっとじっとしていられないからだとみちるは思った。
そして、出て行ったはるかを追いかけて見つけてみちるは彼女に声を掛けた。
はるかは彼女が追いかけてきていることが分かっていたかのようにみちるの方に振り向いた。
そのはるかの表情は少し辛そうでみちるは彼女が見ていた方に視線を向けた。
そこには時雨の姿があった。
「はるか!あなた…、」
「たまたまだよ」
肩を上下させながらはるかはみちるに答えた。
本当にたまたま見つけたのだ。
ボーっと歩いていると前方に時雨がいた。
最近の彼女の反応から声を掛けるか掛けまいかを迷っていると榊に先を越されてしまったという次第だ。
(あの時、彼は僕のことに気付いていたんじゃないかな?)
時雨を誘う彼の目と自分の目が一瞬、合ったような気がした。
「時雨を傷つけるな」
榊の眼差しは、はるかに対して敵だというオーラを醸し出していた。
(確かに僕よりも彼の方が時雨には相応しいのかもしれないな)
だがどうしてだろう。
少しだけ悔しく思うこの気持ちは……。
手をグッと固く握りしめてそう思っていると、そっとみちるが手を添えて自然な動作で握りしめているはるかの手を開かせた。
そうして初めて自分が拳を固く握りしめていたことにはるかは気付いた。
自分の掌を開いて顔の高さまで持ち上げると脱力してふっと笑った。
(何をムキになってるんだ…)
時雨とすれ違う理由を作ったのは自分だ。
なのに嫉妬するなんて。
何が起こってもみちるから離れるつもりはないというのに……。
「?」
じっと掌を見て考えていると、その掌にポツポツと雫が滴った。
「まぁ、雨かしら?」
みちるが空を仰ぎながら言った。
確かに朝から厚い雲が流れていた。
そういえばニュースでは台風が接近しているということを言っていたような気がする。
ふと時雨のことを思い出す。
時雨は小さなショルダーバックを肩から掛けていただけだった。
折り畳み傘が入っているようには思えなかった。
「っ!……」
「あ!はるか!?」
はるかがずっと何か考えていたので黙ってそっと見ていたみちるは、言葉を交わすことなく急に前進し出したはるかに驚いて焦ってまた追いかけて行った。
‡ ‡ ‡
「え?」
時雨は鼻の頭に水滴が落ちて来たのを感じて空を見上げながら両手を開いた。
朝は勢いで出て来たので天気予報をよく見ていなかった。
仰いだ空は厚い雲が風に押し流されている様が窺えた。
(ヤバっ、完全に雨が降る感じじゃない!)
そうしていると、空から落ちてくる雨粒の頻度や数が徐々に多くなってきているような気がしてきた。
曇っている様も一気に増して来た。
(……傘なんか持ってないよ)
と思いながら時雨は土萌邸の方に向かって走り始めた。
だが――…
“ピカッ”
「!!」
雲に太陽を隠されて暗くなっている周囲がほんの一瞬明るくなったような気がした。
(だめだめ!本当にだめなんだってばっ!!)
そう思いながら一つ足を踏み出そうとした。
“ドッカ〜ン”
「いやぁっ!!」
その重く響き渡る音を聞いた時雨は固く目を閉じ、耳を塞ぎ、そして地面にしゃがみこんだ。
この音を聞いただけで身がすくんでしまう。
身体が震えて他のことがなにもできなくなる。
あの日を思い出してしまうからだ。
(お願いっ!やんで!)
あの日……
あれはまだ時雨が11歳の時だった――…
・ ・ ・ ・ ・
「え〜!!また研究室なのっ!?」
時雨は両親に向かって拗ねた声を上げた。
「ごめんねぇ、もうちょっとで完成しそうなのよ」
母親が宥めるように時雨に言う。
なんの研究をしているのかまだ幼い時雨には分からない。――それに、興味もない。
両親は土萌創一を尊敬し彼の元について研究を支えることに生き甲斐を感じている。
だから一人娘である時雨を放って研究に没頭する人たちであった。
時雨はそれが淋しいと思っていたのだが、強がりというのだろうか、弱いところを見せたくない性格のせいでいつもその言葉を飲み込んでいた。
「今日は、ほたるちゃんも来るそうよ」
「ほたるも?」
2つ年下のほたるも創一の一人娘でいつも研究室の別室で二人一緒に遊んで大人たちの一日の過程が終わるのをまだかまだかと待っている。
(ほたるもいるならいいか……)
それに創一のいる研究室に行くことは、実は嫌いではなかったりもする。
(おじさま……)
時雨はいつも暖かい優しい笑みを自分に向ける背の高い白髪の丸い眼鏡をかけた男性を思い出した。
その男性のことを思い出すと、少し頬を紅く染めて時雨は笑顔で小学校に行った。