沈黙の儚き風
□story7
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「あぁ、時雨。ここに居たのか」
そう言いながら、榊は見つけた時雨に近づいた。
「来ないでっ!!」
“パシャッ!”
「っ!!」
「………」
近づいて来る榊に振り向きざまに振った時雨の手が先ほど取った金魚の入った袋に当たってしまい、榊の手から弾け飛んだ。
「あ、ごめん……」
せっかく取ったのに、と少し眉を垂らす時雨に榊は構わずに近寄ろうとする。
「待って」
時雨は身を固くしながら一歩退いて榊に言った。
「もう私の近くにいない方が良いよ……」
「え?」
榊は時雨の言葉に少し驚いた。
「きっと私のことを理解することはないと思う…」
そう、はるかであればまだ望みはあった。
だが彼女はもう自分の傍にはいない。
そして――…
「創一さんも……」
「時雨?」
創一も傍にいるが“傍にいない”。
「も、誰も私の傍から居なくなって欲しくないの…。だから、もう、来ないで……」
「時雨?」
「ごめん、今日はもう帰る…」
時雨に触れようとする榊の脇をすり抜けて去って行った。
「いなくなる……?」
俺が?
(それより“創一さんも”とはどういう意味なんだ?)
榊は深追いをせずにその場で時雨のその言葉を顎に指を当てて何度も反芻して考え込んだ。
榊と別れてから時雨はトボトボと帰っていた。
「あ、」
ふと立ち止まって時雨はあることを思い出した。
「ほたるに土産を頼まれてたんだった……」
だがすぐに諦めた。
すると、その時雨の背後から荒い運転をしている車が背後から近づいてきた。
そして、タイヤを甲高く鳴らして時雨の真横で急停車する。
「時雨?」
車のウインドウが開き、目を丸くしたユージアルに呼びかけられた。
「ユージ?」
「時雨、泣いてるの?」
「…ううん……」
「乗る?」
ユージアルに誘われて時雨は少し驚いた。
「もういいの?」
「何が?」
「お仕事…」
「あぁ…今回は失敗だったわ」
「そう……」
そう言って時雨はユージアルの運転する車に乗った。
「どうしたの?」
車中でユージアルが心配そうに時雨に尋ねた。
「なんでもない。ちょっと疲れただけ」
「そう…話す気はないのね」
「………」
それから黙ったまま土萌邸まで帰って行った。
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