沈黙の儚き風
□story7
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(何?)
今朝ユージアルにも似たようなことをされた。
そのユージアルも優しい眼差しをしていた。
だが、今の榊はユージアルとはちょっと違った眼差しのような気がしてならなかった。
(なんなの?)
時雨の心がすごく揺れ動いている。
自分でも感じられる。
これまでに榊に対してなかった反応だ。
『金魚〜、金魚すくいはいかがっすかぁ〜い?』
「!!?」
榊に動揺していると、ふいに聞き知った声が耳に入って来たので榊が包むその手を解き、時雨はそちらの方に目を向けた。
「時雨?」
「あれ、月野さんだ」
「え?」
そう言われて時雨が指を差す方に目を向けると、確かに金魚の小さな太鼓を叩いて客引きをしているうさぎの姿があった。
「金魚すくいだって」
そう言いながら2人はその場所に向かって行った。
「ああああああ!!!!」
金魚すくいで店番をしていた美奈子が急に声を上げた。
美奈子のその声に驚いて、金魚すくいをしていた子どもたちのポイが破れたり金魚が逃げたりしてしまっていた。
その子どもたちをサポートしていた亜美やまことも美奈子の方を注目した。
「何っ!?どうしたの?」
客引きをしていたうさぎは振り返って美奈子に尋ねた。
「あれ」
そう言って美奈子は指を差した。
「あれ?」
うさぎは美奈子の指を差した方に首を巡らしながら見た。
「あっ!!」
その指で差された先にいた人物を見て、うさぎは明るい表情を見せた。
「時雨ちゃん!!それに、土兄くん!!」
「こんばんは、月野さん」
明るく名前を呼ばれて時雨は笑顔で挨拶した。
「つっちのえく〜〜ん♪こんばんは〜♪」
「……こんばんは……」
渋い緑の帯で橙色の浴衣を着た美奈子が、時雨と榊の間に入って挨拶しにきた。
「水野さんに木野さんも……お祭りのお手伝い?」
「そうなの」
「レイちゃんが『十番祭り盛り上げ委員会』のメンバーに入っててね」
「ふぅ〜ん」
亜美とまことから事情を聞いた時雨はふと今朝見たユージアルのターゲットを思い出した。
(確か和太鼓の名手って言ってなかったっけ?)
そう思い、また質問する。
「今日って和太鼓演奏とかするの?」
「えぇ、あるわよ」
金魚の水槽の前で座り込んでいる亜美が、時雨を見上げながら答えた。
「そうなんだ」
じゃあ、ユージアルはここに現れるのかな…と時雨は少し気になったものの、結局は自分には関係ないことだと首を軽く振って、時雨は話題をばっさりと終えようとした。
「和太鼓演奏、行くだろう?」
「え?」
だが、榊にそう尋ねられて時雨は驚いた。
「え?行くの?」
「盆踊り、するつもりだったんだが……」
榊の隣には相変わらず美奈子が寄り添っている。
時雨は半眼になって指を差して言った。
「愛野さんと行ったら?」
「えぇ〜いいのぉ〜?」
「えっ!?…マジかよ」
時雨の言葉に本気になった美奈子を見て、榊が視線で「余計なことを…」と苦虫を潰しながら訴えてきた。
だが、時雨はりんご飴をひと舐めしてそれを無視した。
「とりあえず、金魚すくいはいかがですかぁ〜?」
ついには榊の腕に腕を絡めた美奈子が時雨と榊に金魚すくいを勧めた。
「え?」
榊は時雨に視線を向ける。
「やってみたら?私は見てるよ」
そう言って自然な動きで榊に近づいて彼が持っていた缶ジュースを預かって、金魚すくいを促した。
「しゃぁねぇなぁ」
榊はやる気を見せて。美奈子からポイを受け取った。
「ぷっ…くっ…ふふふふ」
「な…んだよっ!!」
「あんた昔っから金魚すくい下手だったよね」
「んなっ//」
それから榊は美奈子に促されて金魚すくいを挑戦していたのだが、金魚を乗せる前にポイが破れたり金魚を乗っけたは良いが器に入れるのに失敗したり……。
ムキになって何度もチャレンジしたのだがムキになりすぎて結局一回だけしか成功せず、一匹しか捕まえることができなかった。
「昔から下手なの?」
尚も榊に寄り添う美奈子が彼を見上げながら尋ねた。
榊は格好悪いところを見せてしまった上に時雨に過去の真実をばらされてしまったので顔を真っ赤にして動揺していた。
「お前…」
ムキになったままの榊は時雨を睨んで言った。
「覚えとけよ」
「なんのことやら」
時雨は余裕の笑みでふいっと榊から顔をそむけた。
その瞬間、時雨の表情が歪んだ。
「時雨?」
「時雨ちゃん?」
榊と時雨の隣にいたうさぎは彼女の様子が変わったのに気付いて声を掛けた。