昏い銀花に染められて…
□the present 18.
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外出するという自分の意思を曲げようとしないかぐやの態度に、育子は少し考えた。
ここで強くだめだというべきか、
かぐやの思うようにさせるか。
うさぎが出掛けると言ったら、きつく言って行かせないが、かぐやは昨日、親戚だとお互いに知ったという、まだまだ薄っぺらい間柄だ。
かぐやが、一人では何にもできない子どもであれば良かったが、今まで一人暮らしを難なくしていた少女だ。
あまり、月野家の方針を押し付けるのも気が引ける。
「はぁ〜……」
「!?」
かぐやが受けた育子の印象にはそぐわないため息が彼女から漏れて来て、かぐやは驚いた。
そして、育子は真っ直ぐにかぐやを見つめて言った。
「分かったわ。でもあんまり遅くならないでね」
まだパパと会ってもないんだから、と最後に付け足して、育子はかぐやを見送った。
かぐやはお辞儀だけして、玄関を出て行った。
† † †
新月。
本当に真っ暗な夜だと思いながら、かぐやはいつもの十番公園へとやって来ていた。
『あんまり遅くならないでね』
育子の言葉を頭の中で反芻する。
少しくすぐったくて、少し淋しい気持ちになる言葉だった。
両親が生きていたころは、こんな夜に外に出たことはなかった。
一人暮らしをし始めてからだ。
両親が死んでから、かぐやは自分の前世をガーネットから聞かされた。
そしてセレニティの復讐を誓った。
ランカウラスは、その力を月の満ち欠けに左右される。
だから、それを開花させ力を発揮させるには、夜の、しかも、満月になる前後が一番条件に良かった。
今夜はランカウラスにとっては条件の悪い日。
かぐやはいつものベンチに座り、足を乗せて、膝に自分の顔を埋めた。
(ガーネット……)
恐ろしかった。
あの子があんな気味の悪い笑みを浮かべ、耳に心地の悪い声を発した時、
かぐやは体の芯から震えていた。
あれはヴェーランスという名の魔女の声。
そして、ガーネットはヴェーランスに支配されてしまっている。
では、ガーネットはどうなったのだろうか。
アレはガーネットのことを“器”と言っていた。
ならば、あの外見はガーネットそのものなのだろう。
前世からの――…
(ガーネット!!)
かぐやは目を固く瞑り、膝をより強く抱き、そして名前を紡ぐ。
両親が死んでからの、たったヒトリのかけがえのない存在だったのに。
「ガー…ネット……」
『呼んだ?』
「っ!!!」
心で紡いでいた大切なソレの名を、外に漏らしてさらに紡いでいると、すぐ真横から声が湧いてきた。
それは求めていたモノの声だった。
かぐやは驚き、膝に埋めていた顔を咄嗟に上げて、声のした方を向いた。
自分の座る長ベンチの残り半分のスペースに、小動物の影があった。
新月で色や姿形がはっきりと見えないが、その尾が動く度になる鈴の音を聞いて、かぐやはソレがガーネットの姿をしたヴェーランスだと認識した。
「ヴェーランス」
かぐやはガーネットではなく、ヴェーランスと呼んだ。
小動物は嬉しそうに怪しくクツクツと我慢したような嗤い声を上げた。
『お前、あの家から出て行ったんだね』
嗤いを一旦止めたヴェーランスは、しわがれた耳障りな彼女の本当の声でかぐやに話し掛けた。
『どんな様子かと見に行ったら、何にもなくなっていたから、少し驚いた』
「―――」
かぐやは黙って聞いている。
『器との思い出の詰まった家じゃなかったのか?』
器、つまりガーネットのこと。
そのガーネットの姿で、とても気味の悪い笑みを称えて、ソレはかぐやに問うた。
だが、かぐやはまっすぐにソレを見つめるだけで、口を開こうとしない。
『だんまりかい』
少しだけ不機嫌になった。
だが、また笑みを取り戻すと、ねっとりとした視線をかぐやに向けた。
『この器を取り戻したくないかい?』
「っ!……」
かぐやは一瞬だけ反応した。
それを見逃さなかったヴェーランスは、さらに目を細めて笑みを深める。
『今の私は、力がとても脆弱でね。その力を取り戻すためにランカウラスの種をこの街中に植えて来た』
「っ!!」
『好い塩梅に月が満ちれば、少しずつ開花させるつもりなんだけどね』
「何が言いたいの?」
そんなことをかぐやに打ち明けて、どういうつもりなのだろうか。
ヴェーランスはかぐやをひと睨みして、黙らせて、続きを話し始める。