昏い銀花に染められて…

□the present 10.
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「今度の日曜日、予定を空けておいてくれる?」
「え……?」

 ある日、かぐやが珍しくうさぎや夜天のいる1組にやって来て、両手を頭の後ろにやって椅子にもたれ掛かっている夜天の前に立って、そう、言葉を投げかけた。

 夜天は、その声の主がかぐやであることに、驚いて一瞬だけ思考停止に近い状態となった。

 かぐやは少しむくれたような表情をしており、不承不承といった体であった。

「何よ?どうなの?」

 そして、やっと現実を受け止められた夜天は、椅子にもたれていた体を起こして、一気に立ち上がり、かぐやの顔に自分の顔を近づけて、とてもキラキラした笑顔を見せて言った。

「あぁ、もちろんだよ」

 かぐやは異様に近くに寄って来た夜天から一歩退くと、目を合わせずに小さなカードを渡した。

「はい……」
「これは?」

 夜天は渡されたカードに目をやる。

 そこには、数字とアルファベットが並べられていた。

「……もしかして……」
「………えぇ、そうよ……あとで、送っといてくれる?」

 明るい声音の夜天とは反対に、かぐやは少し拗ねた風だ。

「あぁ!もちろんだよ!」

 しかし、そんなかぐやの様子なんて関係はなかった。

 夜天の明るいその返事を聞くとかぐやは足早に1組から出て行ってしまった。

 あっさり帰って行ってしまったが、夜天は嬉しくて仕方がなかった。

「おいおい!それって、携帯のアドレスなんじゃないか!?」

 喜びに浸っている夜天の後ろからひょいと星野が現れて、驚きながら夜天の持っていたかぐやから渡されたカードを取って声を上げていた。

「ちょっと!返してくれる?」
「はいはい」

 ムキになる夜天を子どもっぽいなと思い、ニヤけながら星野はカードを返した。

「なんだったんです?」

 大気も横に控えていて、かぐやの方から夜天に話し掛けてきたことを少し訝しみながら、夜天に尋ねた。

「さぁ?内容は言わなかったから」

 それでも、かぐやの方から声を掛けてくれた。

 夜天はそれだけで、とても嬉しかった。

 幸せだと思った。

「怪しいなぁ〜。朋野のヤツ、記憶が戻ったんじゃないのか?」
「星野、滅多なことを言うもんじゃありませんよ」

 星野は他人のこととなるとすぐに茶化す。

 大気はそんな彼に呆れながら、夜天を気遣って言った。

「ボクは、どんなかぐやだっていいんだ。かぐやが明るくいてくれれば…ね……」
「「………」」

 あまりにも真面目に夜天が答えたので、茶化していた星野はもとより大気も一緒に黙ってしまった。




†   †   †



 さて、なぜかぐやが休みに夜天を誘ったのか。

 それはある日、かぐやに送られて来た一通のメールがきっかけだった――…

「―――」

 先日、かぐやは安土の母親の碧に出会い、夜天たちが“スリーライツ”というアイドルとして、世間を賑わしていたということを知った。

 その翌日、おせっかいにもうさぎがスリーライツのアルバムCDを持って来て、かぐやに見せて来た。

 さらには、「いらない」というかぐやの主張も空しく、それを、ほぼ無理矢理押し付けてきた。

 かぐやはどうも、うさぎのその勢いに負けてしまう傾向にあり、渡されたCDを持ち帰ることとなった。

 その日、一人暮らしのかぐやは、帰宅後にやることが別段なかったので、うさぎから借りた(押し付けられた)スリーライツのCDを聴くことにした。

 CDをデッキに入れて、ヘッドホンを付けると、再生ボタンを押した。

「―――」

 かぐやは流れる旋律を、静かに聴いていた。


〜♪とおい夜空 かけぬけてく
流れ星に 願うよいま
あいたいとささやく
(つたえてよStarlight)♪〜

(アニメ挿入歌『流れ星へ』より)


 1曲目を聴き終らないうちにかぐやは、おもむろに歌詞カードを取り出して手元に置いた。


〜♪胸の奥の高鳴りから
自分でも本気と知る
せつなすぎて もどかしくて
あきらめきれない♪〜


 2曲目が始まると、かぐやは手元の歌詞カードに目線を落とした。

 そして、天井を見上げた。


〜♪月の光が届かぬかなたへ
ああ きみを連れ去りたい♪〜


(アニメ挿入歌『とどかぬ想い−my friend's love−』より)


 じっと、黙ってかぐやはアルバムの曲を聴いている。

 目を閉じると、さらに歌に耳を傾けた。

(どこかで聴いたことがあるような……)

 さらにかぐやはこの歌に込められているメッセージが自分に向けられているような気がした。――夜天の声に乗って。

 そこへ、しっぽの鈴を“チリン”と鳴らしてガーネットがかぐやの元へとやって来た。

 そしてかぐやを見上げる。

 だが、そのかぐやも天井を見上げているので、自分に気付かれることがない。

「〜〜〜」

 ガーネットは、少しむくれて、座り込んでいる彼女の膝元に足を置いた。

「!!」

 ヘッドホンから流れる音楽に意識を向けていたかぐやは不意に足に当たる物を感じて、驚き、そちらの方に視線を向けた。
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