昏い銀花に染められて…

□the present 10.
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 自分から目線が外れた夜天に気付いたかぐやは、顔は動かさず、目線だけを夜天の方に持っていって見た。

(………)

 そして、また鼻に香って来た香りに酔った。

(この香り……金木犀の香り……)

 自分の大好きな花の香り。

 だが、かぐやはふと気づいた。

「金木犀だけじゃない……」
「え?」

 急に夜天がかぐやの方を向いて、声を漏らした。

「あ……」

 かぐやは心の中だけで呟いたつもりが、声に出てしまっていたことに気付いた。

「ん?何?」
「………」

 優しい、大人っぽい笑みで、かぐやを見つめ返す。

 かぐやはその笑顔が嫌いじゃなかった。

 むしろ、そのまま自分を包み込んで欲しいぐらいの想いを持っていた。――これだけは、口が裂けても言わないが。

 だからその笑顔から逃げるように俯いた後、絞るような声音でかぐやは言った。

「あなたから香るのは、金木犀だけじゃない……と思ったの…」
「あぁ、ボクの香水のこと?」
「うん」

 夜天は、金木犀をベースに自分好みの香りになるように、他の花の香りも入れていることを伝えた。

 かぐやは自分で作っているということが驚いたのか、目を丸くして、夜天を見た。

「この匂い、気に入った?」
「え?………さぁね」

 夜天が優しい眼差しで見下ろす中、かぐやはプイと視線を逸らして、夜天の質問にはっきりとは答えなかった。




 隣町の駅を出ると、碧の家に向かって、かぐやはまた夜天と肩を並べて歩き始めた。

「こ〜んな近くにいたのに、安土は探しまくったらしいわ」

 かぐやがクスクスと悪い笑みを漏らした。

「あいつは阿呆ね」
「君に、そんな笑顔は似合わないよ」
「っ!?」

 悪い笑みを続けていたかぐやは夜天にそう言われて驚いた。

「何よっ!?」
「別に?思ったことを言っただけだよ」
「〜〜〜」

 夜天がさらっと言うのでかぐやは俯いて黙った。

 そのまま30分ほどすると、碧の家に着き、かぐやがインターホンを押した。

 すると、中からドタドタと激しい足音が聞こえて来た。

 そして――…

「いらっしゃぁ〜〜い」
「「………」」

 碧が爽やかな笑顔で玄関の扉を開けて出て来た。

 かぐやと夜天は、あまりの勢いに呆気にとられてしまった。

「キャ〜〜!!本当に夜天くんを連れてきてくれたのね!!ありがとう、かぐや!!」
「あ、うん……」

 かぐやは未だに夜天たちが人気アイドルであったことを認知できていない。

 碧の反応を見て、そんなに人気だったのかと感心してしまう。

「さぁ、入って入って」

 碧は二人を部屋へ招くと、玄関先に置いていたデジタルカメラを持った。

「そこに並んで………うん、よしっ!」

 そして、カメラを三脚に固定すると、碧も入って一緒に写った。

「………何がしたいの?碧さん………」

 かぐやはため息を漏らした。

 その隣では、今度は色紙を持って来て、夜天にサインをねだっていた。

「キャ〜〜〜!ありがとう!!……さ、どうぞ上がって上がって」

 そうして、やっと、玄関から上がることができた。

 かぐやたちはまだ玄関から一歩も上がっていなかったのだ。

 玄関を上がると、そこからリビングに通された。

「もうソースはできてるんだけど、パスタを今から茹でるのよ」
「手伝うわ……夜天、そこに座って待ってて」

 碧の言葉を受けてかぐやは夜天に食卓の前で待つように促すと、碧と一緒にキッチンの方に入って行った。

(ふぅ〜ん。慣れてるもんだなぁ〜)

 碧について行くかぐや、そして、そのかぐやを気軽に受け入れている碧の様子を見て、夜天は思った。

 二人仲良くパスタを茹でている姿は、まるで親子の様に見えた。

「そういえば、安土は?」
「あぁ〜、一週間以上も音沙汰なしだったからねぇ〜、部活の先輩のパシリにされて、日曜日の朝っぱらから出かけてるわ」
「やっぱりバカ……ね」
「そうなのよぉ〜」

 茹でている麺をさい箸でかき回しながら、二人は笑いあった。




「お待たせぇ〜」

 そう言って碧が2つ皿を持ち、かぐやが1皿持ってキッチンから出て来た。

 かぐやの持って来た皿が夜天の前に置かれ、夜天と相対して碧とかぐやが座った。

 この日、碧が作ったのは、きのことほうれん草の醤油仕立てのソースで和えたパスタ。

 いわゆる和風パスタだ。

 かぐやは碧の作るパスタが大好きだった。

 小さい頃から変わらない碧のパスタ。

 かぐやは幸せそうな笑みを見せていた。

「かぐやのそんな笑顔は初めて見たよ」
「っ!!」
「・・・」

 それぞれ美味しく食べ始めていると、夜天が不意に言葉を発した。

 その言葉にかぐやは慌てて夜天の方を睨み見、碧は黙って2人の様子を観察していた。

「かぐやと会ってから、安心した君の笑顔は初めてだ」

 碧のパスタを一口食べると、夜天はまた言った。

「何を言いだすの?碧さんのパスタが不味くなるじゃない」
「あら?夜天くんの言葉で私のパスタは不味くならないわよ」
「〜〜〜」

 碧にも突っ込まれて、かぐやは黙って続けてパスタを食べた。

 クスクスと笑いながら、碧はかぐやを微笑ましく見つめた。

「ねぇ、夜天くん」
「ん?」

 皆が食べ終わったころに碧が夜天を呼び掛けた。

「今の学校で、かぐやはどんな感じ?」
「んなっ!!」

 キッチンでお皿を片づけ始めていたかぐやが、慌てて飛び出して来た。
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