昏い銀花に染められて…

□the present 9.
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 かぐやは驚きで、しばらく思考が回らなかったが、しばらくすると、安土の首を絞めている女性を見て、「あっ」と声を上げた。

「碧さん!!」
「え?」

 その女性の名前だろうか、かぐやが呼びかけると、安土を締め上げている女性の動きが止まり、かぐやの方を見た。

「かぐや……?」

 勢いづいていた女性は、かぐやの姿を視認して、急に落ち着きを取り戻したようだ。

「え?誰?」

 かぐやの隣にいた夜天は驚いて聞いた。

「碧さん……安土のお母さん」

 かぐやの答えに夜天は少し目を丸くしていた。

「すっごい人だなぁ〜」

 うさぎと共にクラウンから出て来たまことが感心していた。

「なぁ〜るほどね…」

 安土の母親の碧は、かぐやを見て、全てを理解したようだった。

「安土が迷惑かけたみたいね」

 そう言いながら、碧は首を絞めていた安土を離してかぐやに近づいた。

 かぐやに近づく碧の背後では、気絶寸前の安土が膝をついてしゃがみ込んでいた。

 本当に、しっかりと絞まっていたようだ。

「久しぶりね、かぐや」

 そう呟きながら碧は、かぐやの頬に手を添えた。

「碧…さん……」
「あなたは…あの時のままなのね…」
「え?」

 沈んだ声で呟きがちに言う碧にかぐやは目を大きく見開かせた。

「ん?……んっ!?」
「え?」

 かぐやを愛しそうに、心配そうに見つめていた碧は、ふと、視線を横に流すと驚いた声を上げて、目を輝かせた。

「きゃ〜〜〜!!!」
「え!?」

 急に黄色い声を上げた碧にかぐやは驚いた。

 だが、興奮した碧は、そんなかぐやはお構いなしに、かぐやの隣に立っていた夜天に近寄って行った。

「あなたっ!!スリーライツの夜天光ね!!?」
「え?え……あ、あぁ。そうだけど」

 突然、自分の方にやって来た碧に、夜天は慌てた。

「普通に生活してるのね。私、ファンだったのよ」
「どうも」
「………」

 かぐやは、目をパチクリさせて碧を見て、そして、夜天を見た。

 碧は興奮状態に任せて、続けて夜天と握手をしていた。

「次に会った時はサインをちょうだい」
「いいよ」

 夜天は碧のことをとても積極的な人だなと思った。

 以前であれば、とても邪険にしていただろう。

 だが、かぐやの知り合いで、かぐやもその人のことをどこか頼っているように見えたので、珍しく素直に要求に答えた。

「かぐや」

 夜天とのやりとりが落ち着くと、碧は改めてかぐやの方を見た。

「今度、家に来なさいね」
「え?」
「パスタ、ごちそうするから」
「〜〜〜」

 黙ってしまったかぐやからの返事を待たずに碧は安土の首根っこを掴んで、あっさりと去って行ってしまった。

「勢いのある母親だなぁ〜」

 かぐやと夜天の背後から、星野が言った。

「安土はあんな仕方のないヤツだけど、碧さんは、明るくてとてもしっかりした人なのよ」

 碧は、かぐやの母親=望(のぞみ)と高校からの付き合いで、とても仲が良かった。

 だから、お互いに結婚したあとも、隣に住んで絆を結び続けていた。

「小さい頃からとても良くしてくれて……今でも頼ってる…」
「そうだったんだ…」

 かぐやの説明に、夜天は頷いた。

「それより……」

 一段落終えたかぐやは、クルっと振り返ってうさぎを見た。

「ん?どうしたの?」

 かぐやの目線を受けて、うさぎが尋ねた。

「夜天たちって、有名人なの?」
「「「「「え!?」」」」」
「「おいおい…」」

 かぐやの天然発言に、うさぎたちは驚き、星野たちは呆れてしまった。

「ボクたちのこと、知らなかったの?」

 夜天が、かぐやに聞いた。

「だって…芸能関係のテレビなんて見ないもの」

 あまりに皆が驚くので、かぐやは目をきょとんとしてしまった。

「……プ…」

 唖然として、誰もかぐやに何も言えずにいる脇で、美奈子が一人笑い始めた。

「美奈子ちゃん?」

 うさぎがその声を聞いて、美奈子の方を見た。

「アハハ。朋野さんもそんな表情ができるんじゃない。安心した」
「は?」

 美奈子の笑いながら言ったその発言に気分がかぐやは気分を損なわした。

 そして、苛立った様子を見せて、去って行った。

「あ…帰っちゃった……」

 うさぎがかぐやの後ろ姿を見つめながら呟いた。




(………どうして……)

 うさぎたちと別れ、一人で家路に着くかぐやはまだ動揺が消えていなかった。

 解こうと必死になっていた安土の腕を迷いなく掴み、鮮やかな動きで解いて助けてくれた夜天の姿。

 何故か、会ったこともない女性の姿とかぶって見えた。

(あれは誰?……どうして会ったこともない人の姿とかぶって見えたの?)

 そして、助けてくれた夜天に対して、心臓が早鐘を打っているのをかぐやは確かに感じていた。

「きっと気の迷い……」

 安土の束縛から逃れるため必死になっていたから、余裕がなくなっていただけだ。

 かぐやは自分にそう言い聞かせた。




 そして、この日以来、安土はやって来なくなった。





the present 10.
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