沈黙の儚き風
□final story9
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桧山はここしばらくずっと夜のシフトばかりで昼のシフトは今日が久しぶりだったのだ。
3人は落ち合うと店の中に入って行った。
「ねぇ、時雨ちゃん」
「はい?」
桧山が時雨を呼び掛ける。
「今日、話したいことがあるんだけど…」
そう言い始めたのを聞いて志保が敏感に反応する。
遂に想いを告げるのかと冷静を装いつつ興味津々に耳を傾けている。
だが――、
「ごめんなさい。榊と約束してるの」
「え?」
「それって!!」
いつもの如く、時雨はあっさりと誘いを断った。
しかし2人とも“榊と”と聞いてそれぞれに反応を見せた。
志保は興奮雑じりに時雨に食いついた。
「デート!?」
「うん」
「・・・・」
志保のテンションとは真逆のテンションで時雨は頷く。
桧山は表情を固くして二人の会話を聞いている。
「付き合うことになったのね〜。大人の階段登ったのねぇ〜」
「なにそれ…?」
時雨は志保に頭を撫でられて、鬱陶しそうに引き離す。
「ってか、同じ屋根の下で過ごしてるんでしょ?それじゃ、あんなことやこんなこともいつでもすぐにできちゃうってことじゃないっ!!」
「志保……」
どんな妄想が志保の頭の中に膨れ上がっているのか皆目見当のつかない時雨は呆れた目で見つめた。
だが、そんな視線にも怯まず、志保は探るような厭らしい目で時雨を見る。
「もう時間になるよ!」
時雨は誤魔化すように言うと、ロッカールームに入って行った。
シフトの時間が終わると時雨はすぐにロッカールームへと行った。
そして携帯を確認。
「はやっ!もう待ってる」
時雨は急いで着替えると店を出た。
「お待たせ!」
「おう」
榊が店の前のガードレールに腰かけて携帯を見ながら待っていて、時雨が声を掛けると片手を上げながら応じた。
「どこ行く?」
「これ見て」
時雨はあまり街に出てないのでよく分かっていない。
そのことを察している榊は明るく返すと携帯の画面を見せた。
まずは食事。
時雨の好きそうな店を検索していたようで、二人で画面を覗き込んで行き場所を探し始める。
その様子を店を後から出てきた志保と桧山が見つめている。
桧山はじっと時雨の様子を見つめている。
志保は肩を竦めた。
「時雨は難しいって最初に言ったでしょ?」
友達になるのはまだ容易いが、想いを向けるには難しい相手だと、時雨に一目惚れしたことに勘づいた志保は桧山に最初に助言していたのだった。
押して押して押し過ぎるぐらいじゃないと時雨は他人の想いに気づきにくい相手であると。
友達止まりで諦めていれば良かったのだが、桧山は諦められなかった。
そんな気持ちがありつつも、積極的にもなれない性格が邪魔してしまった。
「ありがとうな、志保…」
桧山は二人の方に目線を向けたまま志保に言った。
いつも繋がるようにと気に掛けてくれていた。
志保は桧山の方を見た。
「じゃぁ、付き合ってよ」
「っ!?」
桧山は驚いてそこでやっと志保のことを見た。
「あんた、時雨のこととやかく言えないんだからね」
志保は桧山から顔を逸らして口を尖らして言った。
桧山から見えている志保の耳が赤くなっている。
桧山は大きく見開いた目を落ち着けると優しい眼差しを見せた。
「そうだな…」
そう呟くと志保を背後から抱き締めた。
「これからもよろしく」
耳元で優しく囁かれた志保は嬉しくて笑顔を見せた。
「ん?」
「どうしたの?」
行き先が決まり、顔を上げた榊が声をあげた。
時雨が榊を見て尋ねると、榊は店の方を指差した。
榊が指差す方を時雨は振り向いた。
「あ…」
その視線の先には店先で志保が桧山に後ろから抱き締められていた。
時雨と榊は顔を見合わせるとお互いに笑顔を見せた。
「みんな、幸せだね」
「そうだな」
これもすべて星の使命を背負った者たちのお陰――
星の輝きを秘めた愛と正義のセーラー戦士たちの――
そうして見つめ合いながら時雨と榊は唇を重ねる。
両親の死、創一とほたるがダイモーンに支配されてしまったこと、ユージアルの死、そして、はるかへの叶わない想い、
悲しいこと、
苦しいこと、
つらいこと、
たくさんあった。
だが今は、大切と想う人たち―ほたるや創一やうさぎたちが生きていて、はるかへの想いも整理ができた。
そして何より、一番近くに榊がいる。
楽しいこと、
嬉しいこと、
幸せなこと、
それがどんどんと増えていく。
「じゃぁ、行こっか」
「あぁ」
お互いの唇が離れると時雨が笑顔でそう言った。
そして2人は手を繋いで幸福の刻へと去って行った――。
【Fin】
⇒after story1