沈黙の儚き風
□story10
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「あああああぁぁ!!」
ほたるは自室で床に足と手をついて荒く呼吸をしている。
「ほたるっ!!」
そこへ時雨がやって来た。
「しー……ちゃん…」
「どうしたの?」
時雨はうずくまるほたるの傍に寄って、ほたるの体をゆっくりと自分に寄り掛かるように起こした。
「っ!!」
そうしてほたるの身体に触れた時、まるで走馬灯のようにいつも見る朱い世界が時雨の頭の中に流れんだ。
いつもは曖昧にしか見えていなかった瓦礫の上に立つ女性の面影がはっきりと見えたような気がした。
しかもはっきり見えたその女性の面影がほたると重なって見えたのだ。
(だめっ!!!)
時雨は頭の中をその映像が流れ去っていったあと、自分に寄り添っているほたるを優しく包み込んだ。
優しいその抱擁は、それでも自分から遠くに離さないという強い意志を持っていた。
(ヤツらの思い通りにはさせない)
ほたるが進むべき運命へ、正しく導く。
そう思っているとポケットに入れていた携帯電話のバイブが震えているのを感じた。
携帯電話をポケットの中から取り出し、表示を見てみるが非通知となっていて誰だか分からない。
こんな時に…と思いながらも時雨は、まだ腕の中で息を荒くしているほたるをそっとベッドに寝かせてからほたるの部屋を出て行った。
ほたるの部屋の前で時雨は訝しげに電話に出た。
「……はい?」
『時雨?』
電話口から聞こえた声は目の前にした時とは少し違ったが、それでも時雨は一瞬で誰だか分かった。
「ユージ?」
『そう』
ずっと心配していたユージアルからの電話だった。
ユージアルとはいつも研究室で直に会って話しているので、こんな風に電話で話すのは初めてだった。
「ユージ、今どこにいるの?ずっと探してたんだよ」
『タリスマンの持ち主を見つけて、聖杯も現れたんだけどね……』
ユージアルは少し疲弊しているようだ。
いつもとは違って声に元気がない。
そしてよく耳を澄ますと、甲高いミメットの声が聞こえてくる。
「ミミもいるの?」
『え?あ、いいや。これはテープから流れている声だ』
「テープ?」
『謀られた』
「え?」
少し落ち着きかけていた時雨の心臓がまたドクンと跳ね上がって段々と早くなっていく。
『いつもみたいに時雨に「帰ってくる」って言わなかったからかな?』
「え?」
心臓の鼓動が早くなるとともに音も大きくなっていくような気がする。
その音でユージアルの声が少し遠くなっていきそうで、それは嫌だから必死に意識を繋げていた。
『時雨、ごめん……もう、帰れそうにないわ』
「待って、待って!!待ってっ!!ユージっ!!」
『ごめん、時雨……さようなら』
「ユージ!!…っつ……ユージアルっ!!!!!」
時雨がそう叫んだと同時に勢いよくぶつかる“ドォ〜ン”という音がして、そのまま“バシャ〜〜ン”という水に体当たりした音が聞こえて通話が切れた。
「うそ……」
時雨はほたるの部屋の扉に力なく寄り掛かり、そのままずるずると廊下に座り込んだ。
電話からは“プープープー”という通話が切れた音が空しく聞こえている。
「ユージ……」
時雨の鼓動は早鐘を打ち、息も荒いままで大きな涙をポロポロと流れ落としながら、彼女の名を呟き、しばらく力が入らないでその場から動けないでいた。
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