掛け算SS

□青春と龍
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気怠さが空気全体をも包んでいるように思えた。
昨夜まで煩かった蝉が抜け殻になって転がっている。あんなに跳ね回ってたのに。落差にちょっと笑ってしまった。

たぶん季節外れの蝉が煩かったから。予期しない狂い咲きはヒトを駆り立てて当然だ。
蝉を死なせてしまった真っ当な理由をいくつか挙げたがどれもしっくり来なかった。
春、未知、希望――うん、抱き合わせにはぴったりだ。
抱き合わせなきゃ売れないようなマガイモノを買ったつもりじゃないけれど、まだまだ青い年齢のあたしだから手違いだって起こるのだ。
そう、青いからこそ、許容される部分がある。
あたしが嘘をついてしまえば昨日の青春だってなかったことになる。
そう考えるってことはつまり帳消しにしたいんだけど――なんだか勿体無い気がするのはなぜだろう。
でもそれ以上に確かにあたしは過ぎるビジョンに嫌悪していた。
声音の違う自分。色んな感情に支配された視界。平常じゃ考えられないところに手を出す気力――
――水をすくった。
益々眠くなるような気持ちに襲われた。



「ああ」



手が伸びる。
昨日後悔した場所に手が伸びる。
それを抜け殻が見ていた。



こんな滑稽さ、既に昨日充分見たでしょうに。



音もなく。
春が過ぎる音がした。
昨日聞いたような音だった。
まさか二度も聞くことになるとは。



抜け殻が二体になったところで、
ぼんやりと今日は洗濯機を回さなければいけないと思った。


2012,6,17

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