掛け算SS

□メロドラマ
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彼女の目線の中では僕は脇役で、
僕の目線の中では彼女はヒロインだ。
まるで噛み合わない二つはまず舞台が違うわけで、
二つが同一性を持つ事なんて絶対にありえない。

僕は『転校生』という肩書きがあっても所詮そこらの男子生徒で、
何を持ってる訳でもないからただ日常を引きずって生きている。
どこも変わらない昨日を過ごし、明日と違えない生活習慣は寸分の狂いも生まない。
火の無い所に煙が立たないように“最初から何もない”のだから話しは転がしようがない。
ブラウン管の劇のように上手くはいかないのだ。

それなのに、こんなに練習不足の役者にオファーをくれた彼女。
これが僕のやっと訪れた“転句”だと信じて疑わなかった。
彼女と一緒に過ごして徐々にわかってきた“僕という役者の価値”。
彼女は僕の『転校生』にしか興味が無かった。僕の内面は勿論、外面にも触れて来ない。
でもそんなの当たり前。彼女は銀幕スタア、格が違ければ追い求めるものも違う。
彼女が恋するものは『面白いもの』なのだ。
そうと分かっても僕が彼女の舞台に上がりたいのは、
――そう、そういうことだ。



「―――」

彼女は雨に晒されるグラウンドを鋭い瞳で見下げていた。
話に聞いていた三年前の落書き。彼女は今日を判っている。

「つまらない世界だわ」

昨日のまるでサンタクロースを待つような瞳とは大違いのそれで彼女は一点を見つめている。
僕はただ彼女の横顔を眺めていた。

「ねえ」

不意に彼女の口が僕を向いた。

「あたしと付き合う?」

目に入ったその眼差しからこの発言はいつもの冗談ではないことが分かった。
でも、冗談ではないにしても、彼女の瞳は濁っている。

「あたしじゃ駄目かしら」

普通ならばここで彼女の手を取るべきなのだろうが、この台詞に包まれた彼女の意味を汲むなら。

「……僕では役者が不足していると、知っているでしょう」

彼女の演技に応えるならばこれがベスト。
ただひとつ、ぎこちない笑みしか浮かべられない自分を悔やんだ。

「そんな事無いわ」

ないものねだり。
空虚を埋めたいだけ。
あなたはそんな人ではないはずだ。

「ねえ、お願い」

声が僕を刺す。

『――あなたは、ずるい人だ』

その言葉は口を吐かなかった。
僕があなたを振り切れないとあなたは知っているから。
僕があなたを嫌いになる事は無いとあなたは知っているから。
僕があなたを好きだとあなたは知っているから。

「……あたしのこと嫌いになったでしょう」

僕はあなたが好きです。
たとえ気休めの存在だとしても、口を吐いたその言葉が明日にはこのグラウンドのように睨まれる対象になっていたとしても、
いつかはあなたがあなたを見つけて僕に手を差し出してくれるのを待っています。
あなたに見つけられたあの日から僕はあなたの劇で最高の芝居をしてみせる事を決意したんです。
ほら、すべてあなたの希望通りだと、思いませんか。
だから。だから、あわよくばいつかあなたの劇の中では主役になれると信じて。


「あなたの気持ちが僕と同じならば、それが答えです」


先も計算し尽くされ完璧と思われたこの応えでも歯痒い表情を見せる彼女を見て僕は決心した。
僕は自分の劇を降りて、あなたの目線で生きる。
それが例え飼い慣らされた犬の役だとしても。


2010,3,19
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