掛け算SS

□コーズ
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俺がこっちの世界に戻って来たのは「この日常」を楽しんでいたからだが、
もっと奥を見据えるならば「この日々を形成している仲間」を気に入っていたから今まで時間を共有していたこっちの仲間と歩を進める事にしたとも言える。
もちろん一人ひとりが大切であり、言うまでも無く一人ひとりがそれだけでかけがえのないものである。
そして、それを確認させてくれたのが小さな宇宙人だった。
それぞれが全員と繋がりを持っている。「一生徒」の裏に隠された初期の設定や繋がり以上に一年を経て積み上げたものがある。だが、積み上げたものは良いものばかりではなかった。
その一番の影響を受けたのが彼女である。
彼女はただの事象と頭では受け入れていたのだ。ただの観測という役目を信じ、そつなくこなした。
しかし俺達との交わりはそんな永遠のループを許さなかった。
――否、彼女は前もって聞かされていた規定した未来に最初から目を開き、徐々にその時への条件を一つも落とさずにクリアしていたのだ。

最初からすべてが見えているから閉じても知らなかったことにはならない。
消し去りたくてもその方法が全く見えない。
いや、ゼロに戻したいのか自分の気持ちも見えてこない。
だから、景色が違う人に。既視感も先入観も感じない人に。
最初からふたつの未来を用意していたということは、彼女も自らの願いがあったということだ。


ありがとう、その言葉を聞いた時から俺は長門の前に立とうと思った。


俺の願望はそう大きくはない。ごくありふれたものだと自負している。
ただ少し、その維持が大変なだけだ。
でもそれもこの団ならば一瞬も目を伏せる事なくやっていけるだろう。










団長だからと繰り返すのに飽きた。
この団体の調和を願っている。あたりまえだ。あたしが望んだものなんだから。
気持ちが薄れた、そんなバカな。あたしは今だって目をやっている。
今だって何だかんだ言ってちゃんとあたしに従って作業している、本名で呼ばれる時よりコンマ二秒反応が遅く、少し回りくどくて、オセロでは負け知らずで、あたしに指図する――
――彼に、あたしは目を向けている。
彼「に」?

あたしは瞬いて景色を変えた。みんな仕事を終えたらしくあたしの方を向いていた。
いつも先導して注目を浴びているはずなのに、瞬間、いつもとは違う責めるような注目を浴びた気がして全身の熱が迸った。あたしの行動が見透かされたように感じたのだ。



本当に、願望の為に願望をないがしろにして願望を得る完璧な利己主義者だと思う。



でも片方の願望は叶わない自信があるのだ。
見えてる景色が違うなら交わることはない。
彼は「団員」として見ている景色と「自分」として見ている景色が違っている。
それがあたしは悔しくて、情けなくて、どうしようもなくて、でもこれでいいと思うのだ。
ただの憶測にしか過ぎないけれど日々の中で見て取れる「それ」をそうと割り切って置き去れない事がさらに自分のふがいなさを浮き彫りにして、そして日常の心地良さを思い出させる。
そんな自分が創り上げたと錯覚している幸せに浸ってやっぱり自分の決断が正しかったんだと逃げるのだ……

――あたしは、キョンが好きだ。

この感情と言う投石が一体何をもたらすのか、あたしには想像できない。
故にあたしは大切なものを願って壊して羨んで蔑んで慈しんで――
目を開くのが怖くて、でも消しきれなくて、あたしはずっとこの不鮮明な景色に留まっている。


2010,6,15

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