掛け算SS

□メロドラマ
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この劇に不満がある訳では無いが、かと言って満足している訳でもなかった。
少し期待と外れていただけで、恐らくこれはいつかは誰もが気付く真実なのだろう。
『僕』は自分を確立した時からこの目線に入っていられる間は主役で、それだけの価値の物語を演じられると思っていた。……だって人生ってそんなものだろう?
――刷り込みのように頭にあるそんな『既製』事実は一体どこが派生元の都合の良いストーリーなのだろうか。
でもいくら総ての劇が都合良く出来ていても、役者と脚本は主役の環境に拠るらしい。
僕の劇のシナリオは誰かのシナリオの転写で、役者はただ淡々と台詞を読んでいるだけ。
……だけどそれもまた、ありふれたケース。そうして世界は回っていく。

そんなありふれた僕でも演じてみたい劇はある。一応は役者の端くれ、野望は持つに越した事は無い。
だけどそんなの特別な、限られた役者しか演じられないと、その時まではそう思っていた。

「転校生。本当に、それだけなの?」
「はい」
「出生地が大気圏だったり」
「しませんね」
「…………そう」

急に出て来たこの役者が僕にライトを向けたのは意外だった。
しばらく舞台の明りを浴びていなかったから声は出ず、動きも固く、そして何より眩しさに負けてしまった。
ほら、僕はこの程度。こんな時が来る想定も全くしておらず、故にまともな練習もできていない。
彼女が何のために僕に話しかけて来たかは知らないが、もうこれ以上僕の劇に出て来る事はないだろう。

「―――ねえ」

不格好な背に投げ掛けられた台詞は長い長い“承句”に幕を引く合図で、
今思えば傑作と謳われるどんな作品よりも格段に面白いはずだったんだ。


2010,3,18
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