掛け算SS

□レタリング・レター
1ページ/1ページ

わたしのあの発言は事実である。
同期した以上、この先十年も現在の状態は確固たるものであるという保証はない。
その時彼の友人の期待に答えなかった理由はそれ以上でも以下でもない。

彼の友人をはじめて肉眼で捉えたとき、背後には能力が見えた。
しかしそれは人間が持つには大きすぎる能力だった。
ヒトでははっきりと識別できない見てしまった情報統合思念体の片鱗。
膨大な情報量を彼の友人は「恋心」と認識した。
それは実は有機生物の脳容量をはるかに超えるコンタクト。「ずれ」はいずれ弊害を及ぼす。

『彼が持っていた能力を解析し、消去した』
それはすべてが元通りになる道だった。


ただ過ぎていく現象だったと言えば嘘になる。
それは静かすぎるわたしの胸に、微々としているが騒々しい何かを放った出来事。
第三者からのそれ程までの好意を、知らないわたしを囲んだ出来事。
こんな事は初めてで、しかしそれは間違いで。
わたしを大きく揺らしているのは、「把握し切れない存在を恋心と判断した」勘違いだけなのか――?


沈んだ瞳の先は、律儀にも一字一句漏らさずに書き連ねただろう皺の寄ったルーズリーフの一点を見ていた。


そうではないと、わたしが鳴らした。
わたしが真正面を向かず、表情の形容を見せなかった一番の理由は、

『……少しだけ』

あの読み上げた告白が“彼”自身の感情と言葉ではなかったのが、きっと――


2009,10,8

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ