掛け算SS

□subliminal humming bird
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こうしてただ机の上に身を降ろしすっかりくたびれてしまった脚をもがくように振り、
ああそれは条件反射と言っても何ら不自然ではない行動だろう。本当に意味も無くやっている事であって。
あたしはこの如何過ごしても人生はおろか午後の授業にも全く影響して来ないであろう昼休みを「時は金なり」と言う諺に背くように贅沢に過ごしていた。
「人生」だなんて大袈裟に大層に将来を見据え言ってしまったが、あたしはほんの刹那の行動、発言、
さらに追究するならばストップウォッチでさえも計れない所謂実数だか複素数の時の森羅万象はすべて未来に影響すると思うのだ。
それが何時の未来に影響して来るかはあたしたちが現在から動き時を刻まない限りわからない。ひょっとしたら十年後、いや二十年後かもしれない。
つまりあたしは「バタフライ効果」が言いたい訳なのだけれど、いまあたしが目を向かせたいのはそれではない。
ああ、これだけは誤解を招きたくないから言っておくけれど、先程「人生はおろか午後の授業に全く影響して来ない」と言ったが、これだけは胸を張って「影響しない」と言える。訂正などしない。
それで行くとあたしが言うバタフライ効果論は矛盾しているだろう。だけど、全てをそれ一言で片付けたら、面白くないでしょう?
いざそうやって矛盾を穿鑿すると何だか胸の奥の自身の生き方だとか考え方――主にあたしがそれに孕む欲求と齟齬だか牴牾――を自身の土足で踏み躙っているような気がして来たのであたしは運動を止めた。
で、だ。あたしの、今目を向かせたい現象。先の蝶々の件と似て非なるもの、サブリミナル効果である。
今までの枕詞がまるで意味を成さないという結果を防ぐ為に付け足すが、効果的観点から見てもこの二つは「非なるもの」とは言っても「似ている」のだ。


微風、隙間、無人、日向、着席、微動、無音、貴方。


あたしの腕から下はぎこちなく機械の如く垂直に上がり、手は少し下にだらんと垂れて指は五本とも違う方向を向いていながらもぴんと伸びた。
人間に二面性があるというならば、間違い無く今のあたしは陰の顔であろう。しかし陰と言っても決して悪の部分という訳ではない。そう、何かに不安そうな顔。弱気な自分。
普段の自分は絶え間無く笑顔を咲かせていると自覚している。別に驕っているんじゃない。あたしはそこまで自分に溺れてはいない。
一層溺れるなら今あたしの目の前で無防備に寝息を立てている彼方に呑まれたい。
否、既にあたしは深海へと羽撃いているのだ。海は下の方向に在るから墜ちている事になる。墜ちる、堕ちる。それもまた一興か。
伸ばした翼は傍で顔を伏せ目を閉じている彼の髪に触れた。モールス信号のように細かく指は髪を伝い、やがて指は机に辿り着いた。
慈愛に満ちた聖母か、将又、子を慈しむ親鳥か。あたしと言う人物が何方だとしても、実際あたしと彼の関係は「他人」同士なのだ。
沢山ある関係の中で、一番多く縁の可能性を繋ぐ事ができる関係、「他人」。決して冷ややかな表現ではない。一番近くて遠い関係。
故にあたしは、彼を想うことが出来る。


「好き」


蝶々も潜在意識も踏まえた上で、あたしが切り拓ける可能性は此処まで。
これからどう関わって来るのか。
目を開けてからどう行動するのか。

あたしはただ傍で脚を振りながら待機するだけ。


2009,6,8

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