掛け算SS

□或る晴れた日の並行
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まっすぐ伸びた二本のかげろうに新たに影をふたつ落とす。
その純黒たちは並び、しかしふたつが同化しては見えない程度の隙間があいている。
橙と茶が混じったような、どこかノスタルジーを感じさせるキャンバスを引き裂くように二羽の鳥が高い声と共に斜めに走った。
その後は誰も「静」を壊すことなく、二本の純黒とふたつの新参者の写る地面というキャンバスは一枚の写真の如く微動だにしない。
「こういう遊び、よく小さい頃しなかった?」
アスファルトに引かれた白線を辿るように、定規で引いたような一本のかげろうの上でゆっくりと歩を進める。
その様子を決してキャンバスは描かない。漆黒に溶け、一体化する。
ただ模写を許すのは揺れゆくひとつの影と、基準となっている直線のみ。
進み行く影より頭一つ分長い影も歩き始めた。
無言で、ただ下を向いて先に進みゆく影の軌跡を追う。
「ここから落ちたらジュース奢りな」
到底本気ではない口調。しかし呆れたような声ではなく、柔らかい声。
あたしはそれに特別の感情を抱き、笑いかける。
気付けばその声の主は既にあたしの隣で、同じ瞬間に同じ風景を、同じ目線で歩んでいた。
少し自分の頬が、熱を持ったように感じられた。
「―――」
あたしたちは決して交わらない道を歩む。
あたしは、少し手を伸ばせば届く距離を、交わることのない言の葉と、胸中を落としながら歩む。
決して彼が歩むことのないこちらの道に。


2009,06,19

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