掛け算SS

□Whatever trips your trigger
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その質問に返答できなかったのは何故だ。
タネが複雑に交錯しているような難解なものだったわけではない。
自分にとって、正直に答えると不利益に繋がるから答えに詰まったのでもない。
むしろ答えられない方がおかしいくらい、答えは常套句であるような質問。
しかし、俺達のような関係であると、あまり問われたくないし、問いたくもない話題。

「ほんとうにキョンはあたしのことが好きなの?」

あのハルヒがその言葉で問うのだから、彼女の心の大部分を占めるような心配だったのだろう。
勿論俺はその不安を除去したかった。一般的な言葉を借りれば俺達は「交際して」いるのだし、確実に、俺はハルヒに普遍以上の好意を抱いている。
しかし、声が出なかった。喉が沈黙を守り、蛇に睨まれたかのように硬直していた。
彼女はそれを理解すると「俺の隣」から離脱した。――頬を伝う雫を地面に落とし。
それからは激しい罪悪感に襲われた。どうして水を喉に通すように弁舌によどみなく言えない?
辿れば、俺からハルヒに交際を申し込んだ。随分と遠回りをした記憶がある。正直になれないというハンデを引っ提げ、トリガーを引くタイミングを窺っていた。
故にこの感情はずっと持っていて、彼女が応えてくれた後も消える事は無いと確信していた。 ――いや、「確信している」。この自分を渦巻く感情がその言葉と一致するのであれば。
それなのに、何故返答できなかった?
だから彼女を失った。準じて、俺は今胸が裂かれるように痛い。
・・・それなの、に?





ああ、どうしていつも目先の事ばかり。
それまでの幸福を蔑ろに、いや、それが普通のように感じているから、目の前の不快に嘆く。
・・・むしろそんな感情自体、感じる事がおかしいのに。
甘えている。相手にトリガーを委ねて自分は身の陰に隠れて、先導を切ってくれて自分はそれに着いていくだけの心地良さに依存しているんだ。
いつも彼が予定を立ててくれ、街を歩いていた。だから今日はあたしが予定を立てて、彼を誘おうとした。
それなのにいつもより会話が弾まない。話も食い違って、そして――。
思えば、今日銃を持つのはあたしだと理解した上で、彼は一歩下がってあたしに頷いていたんじゃない。
だけど、彼にもリロードし忘れていた事があったんだ。
・・・もう、携える事から逃げない。この関係から切り開いていくのはあたしにもできる。
あの日撃ち抜かれたのはあたし。――彼を撃ちぬけるのも、あたしなんだから。





俺はハルヒが自分から前線に出ないのを気に留めていたんだ。
同じステージに立とうとしない。丸腰で、イエスマンみたいに否定をしない。
部活の時とはまるで正反対の顔を見せる彼女。どこか臆病で、絶対に銃を持てないような。
そんな彼女が今日初めてステージに立った。俺もそれを嬉しく思っていたんだ。
だから、と取った自分の態度は間違っていた。
相手に任せるのではない。
相手と共に歩むというだけでもない。
相手を信頼して身を任せ、互いにふたりの想いを持って共に歩んで行く事を――


「ハルヒ!」
少し向こうから歩いてくる人物が見える。黄色いカチューシャが映えて見えた。
顔が見える程の距離になると、先程とは違った表情の彼女の印象を受けた。
何度も雫が頬を伝い、そして何度も目を水に浸したのだろう。よく見ないとわからないくらいだが、目が少し赤い。
「ごめんね。あと、ありがとう」


不意に銃口が向けられた。勿論逃げも隠れもしない。
彼女は引き金に指を掛け、引いた。


「好き」
「好きだ」


撃ったのは同時。撃ち抜かれたのも、同時。
後はどう転ぼうが、相手次第だ。
ハルヒ。
――お好きなように。


2009,08,01

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