掛け算SS

□誰が為に射した渦中の虚実は帰趨す
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「悪意のない無意識な他意」ほど性質の悪いものはない。
害を与えようなんて微塵も思わず、しかし心に潜む返様の考えと無意識な悪意を持って、やはり無意識に、あくまでも平和的に、刃を突き付ける。
否、もしかしたら意識はしているのかもしれない。
自覚していなければ、こんな書き殴ったような間違った『謙遜』も『卑下』も出来ない。
ましてや『嘘』だって、自分が矛盾に気付いて初めてそれを偽りだと認識し吐くものなのだから。
社会的地位として定められている基準から考えて、互いがその中のある地位に位置しているのだったら謙遜も卑下も要らない筈だ。
それでも相手は尚も間違いを繰り返す。
気付いているはずなのにどうして止めようと思わない?
あたしには当事者の気持ちはわからないし、わかろうとも思わない。
そうやって自分を守ろうなどという安い発想は生憎持ち合わせていないし、あたしなんかではとてもとても、履き違えた優しさを前に他人様は測れないから。
こうやって鏤めたキーワードは一見それぞれ全く異なった意味に見えるが、纏めてみればひとつの結論に行き着く。
まあ纏めてみた所でそんな女々しい考え蓋を開ければ、竜頭蛇尾、大山鳴動、浅薄愚劣。
結局は序盤の論に至る。


「嘘は嫌いだわ」


あたしはその間ずっと足元を見て息継ぎもせずに述べたあと、結論を出した。
さすがの当事者たちもこの意見への見解に『嘘』はつかないだろうと思ったが、
「ひょっとしたら」という、全てを、最初に受けた悪い先入観に捉われた結果の悪態しかつけない自分に嫌う当事者を重ね合わせて苦汁を嘗めた顔をした。


「嘘からは何も生まれないしな」


最初は本当にただ少し行き過ぎた謙遜だった。
しかしそれは見方を変えれば「嘘」と呼ばれるものだった。
嘘は更に虚を拵える。やがてそれはひとつの虚実となり、更に真実味を増して本当となる。
その真実味というのは虚を植え付けた本人が足すのだ。――無意識に。
育って独り歩きした偽りで動かないと虚実は嘘の塊になってしまう。そうなれば自分の立場も危うい。だから自分が描いたお伽噺を台本通り演ずる。
終演時刻は神のみぞ知るというところか。本人の意思が出演へと衝き動かしてないのであれば神が決める。
時に世界を決めるのは「周囲」という「神」だ。嘘を嫌う者が増えれば自ずと舞台は打ち切り。劇団も解散だ。
ああ、でも本人に根気があればいくらでも続けられる劇なのだ。しかし上演時間が長くなれば長くなるほど観客は飽きる。自身の喉も嗄れる。
どちらに転んでもやはり「人間」。「完璧」は作れなく、どこかで綻びは生じる。
でも、真実に気付いている人は舞台を見ても面白いとは思わなかっただろうし、思わないだろう。
観客が待っているのは、今舞台に上がっている「自分」を持たない「偶像」ではないから。


「こっちは完全に自覚しているから『口』が『虚しい』パターンね」
「……どういう意味だ?」
「良く出来たものよね。ほら、『嘘』って『口』が『虚しい』って書くのよ」
「……じゃあ、」
「『口』が『虚しく』ないパターン、当事者にとっては『真』の『事』で所謂『誠』。それは最初の論で述べた感じよ」


悪意のない無意識な他意。
それを持つことに悪意はなく、そしてそれを向けることに対しての悪意もない。
故に至極自然に言葉を放っているように見えるが、実はそれには迫害されないためのあまり良い意味では使われないだろう「自尊心」が色濃く出ているのだ。
真実を押し込めて嘘を吐く。ひどく些細な事まで嘘で固める。
でもこれはあまりにも気を張りすぎではないのか?
いや、でも、これが当たり前になっているからそれに気付けない。
どうしてそれで傷つく人がいることに気付けないのか。
優しさに働く場合もあるが、それが嘘と気付かれた時は悲しさに働くのに。
無意識を働かせたことには無意識が働くのか。
――ああ、すべてを「無意識」で片付けてしまう自分にも嫌気が差す。
でも、本当にそうなのだ。
脅かそうなんて素振りはない。だけど彼女らの口をつく言葉はどれもこれも――。


「……どうしてかしら」


あたしもごく一般的な女子高生みたいに、生徒らと交わってみたいだなんて。




本物と話したい自分はどうすればいいのよ。
あたしが真実で偽物と話しても虚実ばかりで半透明で。
どうして殻を作る必要があるの?
「自身」って、そんなに難しいものだったかしら――




「わからない。だからって解ろうとしない。でも解りたい。でも――」
「……風向きの変わり易い堂々巡り、だな」
「……『判ってる』わよ」




何だか視界が波打ってきた。
どうしてだろう。もうあたしにはわからないことだらけだ。
なにに耳を傾けて、なにを理解して、なにを信じて――。


「大丈夫だ」


溜まった雫が一滴頬を伝った。


本当にあたしが恐れる『嘘』は、彼がその偶像たちと同じようにあたしに接してるんじゃないかって。
彼の言葉は仮初めなんじゃないかって。
今の言葉も、嘘なんじゃないかって――。
急に息苦しくなってあたしは零れそうな自分を抱えて見上げた。


彼は澄んだ微笑を纏いあたしに言葉を掛けた。


「   」


それは本物のあたしが初めて聞いた本当の言葉だったのかもしれないと、思う。


2009,9,6

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