掛け算SS

□"knowing me. over."
1ページ/1ページ

少し前ならばマジックミラーに成ったそこには自分の姿と追い求めるものしか映っていなかった。
しかし唇に薄い朱を足すようになって、
ブラウン管に真っ暗闇の時間に受信されるモノクロ映画だとか、
ビビットカラーが目に痛い雑駁したさんざめく娯楽だとか、
街を三歩歩けば直ぐぶち当たるであろう今を一番謳歌している女子高生だとか、
まるで引いた朱が呼び寄せるように、それらの現象を認識させ、現象という知識に無駄なものはないとあたしの脳裏に次々に焼き付け、
効能に目を奪われ乱雑にカゴに入れたメーキャップへ、
目線を追って自分なりに解釈した好みの装飾へ、
格好を整え梳いて高く束ねた髪へ、
瞬く間にが風向きが変わる俗世を賑わす多種多様な語彙へ、
それでもまだ掴めない空の右手へ、
新たな応用を利かせるよう働きかける。
暁が街を照らし自己が始動したとき起動するその癖は、雑踏のティーンエイジャー達にとっては至極普通のことなのだろう。
しかし最近になって目を覚ました言わば第六感は、最初は独り歩きするドッペルゲンガーのようで心の深層から冷めた目で行動を見ている自分が居た。
だが人間の適応能力というのは素晴らしいもので、朱を利用しエンカウンターせずとも随時五感が感じ取って五官に届けて来るようになった。
まるで「このクラスが世界で一番だ」って思ってる日本中に派遣されている彼女らみたいに。
だけどその感情はある存在の前では微塵のものであって、
むしろ努力――あまりこの言葉は好きじゃないのだけれど――が結果として反映されているのが嬉しかったりもするのだ。
それを認めまた次を求め目で追った時あたしは痛いような顔をして誇らしげに刺さった棘と共に胸を撫で下ろしながら実感する。
――ああ、あたしも絵に描いたような女の子なんだ。

そう、反芻することもなく脳裏に呟いた。
一人分の温もりと共に開かれた、依然空の右手を傍観しながら。



これはドッペルゲンガーの仕業なのだろうか。
自然になってしまった願望は次なる願望を生み出す。
これが当然の世界のサイクルだと言われればそれまでなんだけど、思ってもみなかった自分の欲の深さに少し音を上げた。
だけどこれを叶える為のハウツーは何処にも落ちてなくて、いや、むしろ本当に些細なことだから省かれているのかもしれない。
まだ勉強不足なのね。もっと世間に順応しなくては。早く解答を見つけなければ。
でも、わからない。いや、解ろうとしない――?
この願望は身勝手なものなのではないか。そして、彼はどう思うのだろうか。という考えが巡るのだ。



一週間ぶりに二人並んで街を歩く。
これだけの人ごみの中にいるのに、これだけ十人十色の姿をしているのに、あたしだけ浮いているようで。
鏡越しに見えた先週・・のあたしが憂うように目を細める。

「最近、なんか変わったな」
「……なにが?」
「何というか、今までと印象が変わったように思うな」

その言い方からして、良い意味で、ではないということくらいあたしにもわかる。
『似合ってるぞ』
いつかの言葉がリフレインした。

「………服。似合ってない?」
「いや、そんな事はないぞ。ただ前の服よりも――」
「……可愛くないってことね」

ああ、やっぱりこの格好は似合ってなかったのか。
お化粧も結構時間掛けたんだけど。ちょっと派手過ぎたのかしら。
なんだか益々周りから嫌に映えてるように感じる――

巻いていた螺子が切れたように、あたしの身体は止まった。

「…少しでもキョンの好みになろうとしたの。告白を受け止めてくれたから、あたしもあんたを受け止めようって。
なのに…全然上手くいかないわね。いくら雑誌を見たって、テレビを見たって、やっぱり他人ってわからないものなんだわ」
「……ハルヒ」
「…自分でもわかってたのよ。こうじゃない。何かが足りない。“あたし”だからこれ以上に補完しなきゃいけないものがあるって」
「……」
「でもそれが何かはわからない。雑誌やテレビは論外でしょ。自問自答してもわからない。じゃあ一体誰が――」
「おまえの、願望じゃないのか?」


一瞬にして街の喧騒が消え失せた。
彼は波風立たぬ穏やかな口調で、諭すように言った。


「補完すべきもの。それはハルヒ、おまえの意思だ。今まで全部俺の為にやってきたんだろ?服も、髪型も、化粧も。
それに疲れたんだよ。俺の言葉で自分を騙して来たんだろう。でももう限界に来ちまってんだ。
何でもかんでも他人に合わせるのは辛いことだ。でも俺が何も意見しなかったのもいけなかったんだよな。
全部おまえを喜ばせる言葉ばかりで。おまえの気持ちを汲んでやれなかった。だから今好きな事をさせてやれていない。
自分の為の事、言ってみろ。出来る範囲なら何でもする」


――あたしの願望。
ドッペルゲンガーを見つめている時、そして実は適応し始めても、いつも思ってた事。
身勝手だと勝手に決め付けていた。でも、それは当たり前の感情だった。
そう、全身を飾りで埋めていたのに、いつも空虚だった、身体の一部分。


「………手、繋ぎたいな、って……思って……」
「……それだけなのか?」
「……それだけって……」
「それくらい、いつでもしてやるのに」

彼は微笑して不意にあたしの右手を取り、空を埋めた。


無理に着飾らないでいい。
騒然とした行き交う情報や周りに流される必要もない。
大事なのは、ほんの少しの勇気と、相手と自分を知ること。


繋がった温もりに呼び掛けるように、彼はあたしにそう告げた。


2009,10,03

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ