掛け算SS

□至極二点間の綯い交ぜ色
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わたしの生まれた情報系の海は例えるならば女親――“母”であり、それはこの世界の定義からも『物事を生み出すもと』、という意味で使われることが多い。
確かに人間界で見てみれば子は母から生まれるのが真理であり、真実であり、変えようのない事象である。
また、“父”も先駆者として使用される。他人よりも先に物事を成す。
それら全てを踏まえ、“親”というものはすべての基であり、またすべてを次へ繋ぐ鍵と云う。……1
そして“親”はその性質から見本であり、中心であり、拠り所でもある。……2
生命の連鎖は確かに如何なる現象も捉え、つながりを作るために琴線を震わす瞬間を待っている。

人間の起こす事に無意味は無いという。
干渉し、干渉され、交わる『人間』にとって主=親となる者はそれぞれ独立する。……3



「わたしはあなたを尊敬するべきだと思う」
不意にお茶が喉を遡った。言う長門の真顔の瞳がそれは滅多に出ない冗談ではないことを窺わせる。
「ごほっ、な、長門、いきなり何だ」
「的は外していないと思う。あなたはわたしの父。と仮定すると必然的にわたしの位置はあなたの娘。子は親の背中を見るもの」
身に覚えのない自称“娘”は俺の呆気とした表情のわけが判らないという口調で自身の発言を証明し始めた。
「――わたしはあなたから沢山の事を教えてもらった。それが積み重なっていまわたしはこの感情を抱いているのだと思う」
彼女の口を衝いて出たその二文字がやけに違和感を感じさせた。
長門はそんなに内面を吐露する奴だっただろうか?
「恋愛感情」
聞いた事のない単語を繰り返しているだけ、というようなニュアンスで彼女は口を動かす。
「少なくともわたしのそれはあなたへ向いている。これはあなたがわたしに蒔いたものだと認識している。………違う?」
新手の生殺しかと思った。俺が長門を好きにさせた、そう言いたいと。
何だこの羞恥プレイは。長門の趣味にとやかく言うつもりは無いが俺はそんなケは皆無と叫びたい。
……いや冗談はこれぐらいにして、そうだ、こいつは純粋に確認がしたいだけなんだ。胸に浮かんだ長門論を完璧に証明すべく俺に根本原理を導けと言っている。
それに、そうでなくても『彼女』の言う事に答えてやらない理由はない。
「…その通りだな」
言い出すタイミングが遅かったのと思ったより出た声が低かったのが気に掛ったのか長門は、
「本当に、そうであると」
正直そう訊ねる長門の表情は何とも言えないものがあった。それが起爆剤となった訳ではないが、――こうなりゃ何度でも言ってやる。
「これまで交わってきて、俺はお前が好きだったから俺がお前を好きにさせた。それは互いに認めてるから確かな事実だ」
後半が消え入りそうになり熱が感じられるくらいなのだから当然俺の顔は朱に染まっているだろう。しかし依然彼女の顔色は雪のまま。
何だか俺だけこんな事で照れているのが情けなくなってきた。
よし、大人げないがささやかな反撃を仕掛けよう。仮定は整ったからあとは最後の証明のみ。
俺は接続詞で言葉を繋ぐ。
「気持ちが通じ合っていると判るようにお前からその証明をして貰いたいんだが」
ここで言い訳をさせて貰うが、交際して何ヵ月か経つが発展があまりにもないという事が頭を過ったんだ。悪いが一応俺も健全男子。
長門は瞬きひとつし、唇を――

「それで証明できる事実は“親”と“子”の関係。挙がったすべての根本原理を利用し証明するならばそれらは恋愛関係にはなれない」

俺の反応を待つその瞳から本当に彼女は真白なのだと気付き俺は自分の下心を呪った。長い事俗世にさらされ続けるとこうなるんだ、長門。十分気を付けてくれ。
この件は実に純粋なものだった訳で。結局何も発展しないのが何とも俺達らしい結末である。
いや、まだ俺たちはこれでいいのか。互いに惹き合って、引き合って。それぐらいが丁度良い。
ふと長門を見る。いつもの表情が俺を見ていた。
“証明”は解かれた、それでいいんだ。
………ん?

「それで言う俺達が親子なら一体今の俺達の関係はどうなるんだ?」

長門は先程より長い三点リーダを打ち、

「………ではわたしの3番目の根本原理とあなたのそれよりわたしたちは“夫婦”。………不満?」

下がった頬の温度が再度上がり始めた。


2010,2,28

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