掛け算SS

□或いは一人の猥褻
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長いキスを彼女は拒む。
曰く、
「引き返せないような気がして」。
個体の本能に従ってそこまで到達しそうな時も、彼女は必ず意識の奥を鮮明にして冷たく告げ、身を引き剥がすのだ。
プライドだとか焦燥もばりばりと裂かれ、こちらが恥を掻いたような気分になる。

堕ちてからと言うもの彼女は凍ったままで、指を絡めても言葉を紡いでも寒さを隠しきれないようにぎこちなく笑う。
俺だけが底無しの欲に音も無く沈んで行く。
藻掻くほど可憐さに足を取られ、
足掻くほど気高さに引き離される。
拒まれる程、
疼く。
無様に踊ってなお振り向かせたくなる。
参ったな。
少しは紳士のつもりなのに。


降っていた雨は、
止んでいた。


待てよ。
“引き返せない”って何なんだよ。
こう云う関係ならもう失うものなんてないだろう。
お前は何を惜しく思っているんだ。
清さなら、
俺が知っている。

「ハルヒ」

前を歩く“彼女”を引き寄せ、口唇をそれに押し中てた。
瞬間驚愕が一面を覆ったが直ぐ憂うような火照るような表情が露わになった。
それに掻き立てられ、
俺はその先へ進んだ。


12,1,4

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