―戴国短編小説―

□恋恋
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白く柔らかな靄に覆われ、李斎は独り驍宗の許へと向かう。一筋の光も見出せないまま、内奥に響くは愛しい男の低い掠れ声――。

********

「――待っていた」

臥牀に設えた天蓋の薄い紗越しに男の低い声が響く。李斎はじっと眼を凝らし、声がする一点を食い入る様に見詰めていた。やがて男の気配が微かに揺れ、天蓋を掻き分ける様に腕が伸びる。それに驚いた李斎は一歩後退ったが、その腕が彼女の腰を捉え、攫う方が早かった。李斎を受けて、ぎしりと音を立て沈む臥牀。真綿に包まれる様な柔らかさと、鼻孔を微かに擽る香の薫りに眼が眩む。

「主上……。私は――、」

躊躇いがちに紡がれる言葉を掻き消す様に、男は李斎の唇を塞ぐ。熱い吐息が咥内で溶け合い、思考は薄れ、その感覚に微かな恐怖を覚えて躯を捩るが、逃しはしないと巻き付く男の腕が、それを許さない。李斎は絡み付く腕を外そうと自身の手に力を籠めた。だが、尚一層強い力で押さえられ、焦燥感を掻き立てられる。気持ちを定め、こうして男の許を訪ねたが、いざ与えられる快楽に浸蝕されると戸惑いを隠せない。そんな李斎の心を見透かす様に男は彼女の耳に唇を寄せ、ゆったりと囁いた。

「――愛している」

臥牀に流れる細い赤茶の絹糸を絡め取り、男――驍宗は、そのまま李斎の首筋へと貌を埋めた。一つ一つ確かめる様に辿る熱い指先が二人の理性を跡形もなく吹き飛ばす。薄暗い闇夜の中で感じるのは互いの息遣いと体温だけだった。隙間を埋める様に重なり合う肌は互いが離れるのを拒み、深く沈み込む。驍宗は揺れる李斎の心をそっと包み彼女の中に押し入った。

「主上……!」

背中を駆け上がる感覚に思わずその名を呼べば、呼応するかの様に奥へ奥へと快楽を与えられた。息も絶え絶えに薄く瞼を開けば視界を覆い、降り注ぐ銀の雨。その中から覗く美しい紅玉はひたと李斎の瞳へ合わせられている。

「どうか、これ以上は!」
「――恐いのなら、眼を閉じよ。私はお前を独りにはしない」

驍宗の言に李斎は、はっと眼を瞠り、やがて静かに瞼を伏せた。

――気付いておられたのだ。

彼女を蝕む恐怖は王に想われ、それを受け入れてしまい、条理に外れた振る舞いをしてしまう等と言うものだけではなく、驍宗と言う一人の人間を受け入れた時、それを何時かは失うかも知れないと思う気持ちが、李斎に躊躇いを与えていたのだ。愛しい人を受け入れ、それを失い、独りになる恐怖。それは切に彼女の心を苛み苦しみを齎し続けたのだ。

恐れる事は何もないと耳元で囁き続け、李斎の躯を愛おしそうに抱き寄せる驍宗は、動きを早め、遥か高みに昇り詰める。それに合わせる様に彼女もまた、彼にその身を委ねた。上昇する二人の体温を受け、臥牀に篭る熱。それは解けた心と躯に心地好く染み渡り李斎の意識を途切れさせたのだった。

********

「主上、お聞き下さい。――私は貴方様の事を……」
「言わなくていい」
「――え?」
「それ以上言うな、李斎」

見上げて来る李斎の貌を自身の胸に収め、驍宗は彼女の乱れた長い髪を梳いてやる。そうすると李斎は気持ち良さそうに眼を眇め、そっと瞳を閉じた。

――今は許されない恋でもいい。

驍宗は自身の胸で健やかに寝息を立てる彼女を見遣り、そう言い聞かせた。

――李斎は何も言わず、ただ私にその身を委ねよ。

刻一刻と迫り来る時間に驍宗は薄い微笑を湛え、窓の外に視線を移す。空は濃い藍色を呈しており、夜明けまでにはまだ猶予がある。今宵は李斎の鼓動を感じ、自身も眠るとしよう。そう驍宗は喉の奥でそっと呟き、重い瞼をそっと伏せたのだった。

         <終> 20110603

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