―戴国短編小説―

□玉響の恋
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燈された灯火が赤く反映された、仄暗い臥室。その僅かな明かりの中で、驍宗は、官が奏上する戴の現状を記した調書に眼を通していた。――国は一朝一夕には立ち行かない。玉座に対する備えがあったと言われる驍宗でさえ、いざ蓋を開けてみれば、驕王の蕩尽で端々まで蝕まれた戴国の有様に眼を覆いたくなる程であった。

驍宗は調書から眼を放し、それを円卓に放り出すと、近くの榻に躯を深く沈めた。そして目許に手を当て深く嘆息する。登極直後から速やかに整いつつある王朝は、傍から見れば敬意に値するものかもしれない。だが当事者にしてみれば、至る所に綻びを感じ、それを繕おうとする度、拡がり行く解れが堪え難かった。

――急いた心を鎮めなければ…。

そう言い聞かせ、驍宗は臥牀に行く事もせず、その場で仮眠を取る為、重い瞼を静かに伏せた。

********

夜も更け月が高い位置に差し掛かった頃、閉ざされていた筈の玻璃窓から一陣の風が吹き荒ぶ。気配に敏い驍宗は、眼を開ける事なく突然の来訪者に意識を集中させた。尖った気配はない。だが驍宗が招いた客ではない以上、それは来訪者ではなく侵入者と呼ぶべきだった。気配が近付くにつれ気付かれない様、抱き込んでいた自身の長剣の柄を握る。そして手が届く程の距離に気配が近付いたのを感じ取ると、一気に鞘を払い、鈍く光る白刃を侵入者の首に当て、獰猛な獣が唸る様に低く誰何する。

「――何者だ?」

詰問する様な驍宗の峻厳たる問いに刀身を当てられた気配が身動ぎした。それに構わず驍宗は気配に向かって手を伸ばす。捉えて強く握った感触は滑らかな絹糸の様だった。漸くそれが人の髪である事に気付いた驍宗は、一つの予感を感じ、貌を近付け侵入者を確認した。

「――李斎」

侵入者がよく見知っている者であり、驍宗は軽く瞠目した。眼を凝らして彼女を見詰めると、薄く色付いた唇に微笑を湛え、彼の紅い眼を覗き込んでいる。そして首のぎりぎりに宛行われた刀身に白磁の様な白い指を這わせ、それを自身の首から何の迷いもなく軽く手で押しやった。その一連の流れる様な所作を見て、驍宗は軽く息を吐き瞑目する。暫く経って再び眼を開いた時には、貌に苦笑を湛え、放された抜き身の刃を鞘に納めた。


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