―戴国短編小説―

□灯影
1ページ/1ページ


夜毎繰り返される驍宗の熱の篭った力強い抱擁。それに李斎が応える事はなかった。ただ声を上げないよう両掌を自身の口許に添え目尻を潤ませている。だが甘やかな熱が遥か高みに達し、その熱に浮され、空を掻く手が行き場を失くすと内側から堪えていたものが溢れ出し、男の背中に爪を立てた。

驍宗はそのぴりっとした痛みに眼を細める。互いの感情を言葉にしない以上、この痛みこそが二人の確かな証のようで、何時も彼女を抱きながらそれを噛み締めた。恐らく李斎の心は自分に在るのだろうと彼は核心を込めて思う。だが同衾する仲となり、彼女が何を恐れ、何を躊躇っているのかは手に取るように分かっていた。それを理解したからこそ、一歩踏み出せないでいる。こんなにも互いの存在を希い求めているというのに。

驍宗は自身の下で未だ浅い呼吸を繰り返している李斎の頬をそっと撫でた。先程までの荒々しさは一切なく、何処までも優しい彼の手付きに李斎は眼を瞠る。

「お前の気持ちは何処に在る?」

暖かな温もりを湛えた紅い双眸がひたと李斎に合わせられた。その瞳の奥に宿る灯籠の淡い焔を互いに見詰めていた。

「私が李斎の心に入る余地は残されているのか」

その言葉に李斎は弾かれたように自身の躯を起こした。長い赤茶の髪が白い胸に掛かり、微かに揺れていた。

「私は、これ以上は何も望みません。主上の御随意のままに……」
「それでいいのか?」
「――主上」
「本当の気持ちも示さずに、ただ夜毎私に抱かれ、それでお前は満足しているのか」
「…………」

驍宗はそこまで言うと李斎の剥き出しの肩に目線を移す。長い髪が掛かっただけの彼女の躯は酷く寒々しく見えた。臥牀の上に投げ捨てられた羅衫を彼は無造作に掻き集め、それを肩に掛けてやる。案の定、彼女の肩は氷のように冷えており、微かに震えていた。

「私は李斎の気持ちを知りたい。臣であるから等と言う体裁ではなく、お前の奥底を知りたいのだ」

――そう。これ程までに自分は彼女を渇望し、必要としていると、驍宗は改めて自覚した。誰かを強く想う事がこんなにも苦しく、同時に、こんなにも愛おしいとは。嘗ての自分には理解不能な事であっただろうと彼は深く思い至る。

そしてその場を幽寂とした沈黙が降り注いだ。灯籠の淡い光が二人の影を細く長く描き出している。

俯きその形の良い唇を引き結んで李斎は沈黙を続けた。何かを思案するかのようにその瞳は揺れている。驍宗は答えに窮している李斎を穏やかな表情で見遣って、膝の上で固く結ばれた手を取った。そしてそれを自身の頬まで持って行き、やんわりと当てる。ひやりとした感触が心地好く、彼はその場で軽く眼を瞑った。

李斎はそれを真摯な面差しで見詰めていた。軽く唇を開け、何かを紡ぎ出そうとする。そして、眦を決するかのように明瞭とした声で驍宗に告げた。

「私は貴方様を――、驍宗様を、お慕い申し上げております」

凛と告げた李斎の声に彼はゆっくりと瞼を開けた。飛び込んで来たのは強い意志を宿した彼女の美しい濃藍の瞳。驍宗は手を離してやり、目線を合わせ口角を上げる。すると今度は李斎が自らの腕を伸ばし、彼の頭を自身の白い胸に抱き留める。柔らかな銀糸が李斎の肌を攫うように擽った。

暖かな灯影の中で互いの温度を確かめ合い、穏やかに凪いで行く。二つの心が重なり合った時、灯は大きく揺らめいたのだった。
                        <終>20101118


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ