―戴国短編小説―

□冬天の決意
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冷たく吹き荒ぶ秋風に煽られ弱った躯が悲鳴を上げたとしても女は前を見据える事をやめなかった。屈したりせず、ただ真っ直ぐと前を見据える様は、嘗ての勇姿を思い出させる。その姿を離れた所から見守っていた戴国国主驍宗は、女の凛とした表情の裏に隠されている、今にも頽れそうな気配を見て取り胸がずきりと痛むのを覚えた。だがその姿から眼を逸らす事など到底出来そうにもない。

――人に甘える事を知らぬゆえ、苦しい思いをするのだ。

先程から強く吹いている風は、無情にも、女の利き腕側の袖を大きく巻き上げながら揺れていた。だが、女はそれを一顧だにしない。恰も最初からそこに腕が存在していないかの様に。驍宗はその姿を見遣り、その場で深く嘆息すると静かに背後に近付いた。距離が縮まるにつれ、気配に敏感な女は我に返り、背後を振り返る。そこに、この国の王の姿を認め、慌てて叩頭しようと躯を屈めた。

「――ああ、礼を取る必要はない。それよりも李斎。そろそろ堂室に戻らぬか。このまま風に当たっていては躯に障ろう」
「何時から此方に……」
「最初からだ」

その言葉を聞き、李斎と呼ばれた女が瞠目した。それは驚くだろうとも…と、驍宗は思う。最初に李斎が此処に来てから随分と時間が経過していたのだから。李斎は少し気不味そうに目線を逸らした。

「……あの、何か私に御用がおありなのでしょうか……」
「内乱以降些か忙しく、余り李斎と話をしていなかったからな。たまにはゆっくり話たいと思っただけなのだが。迷惑だったか?」
「とんでもございません。勿体のうございます……」
「立ち話では落ち着いて話せぬ。あちらの路亭へ行かぬか」

驍宗はその物堅い言いように苦笑を浮かべながら李斎を見遣る。先程から風に当たっていた彼女の顔色は青い。彼はさぞ躯が冷えているだろうと思い、自身の着ていた旗袍を脱いで彼女の冷え切った肩に被せた。そして李斎がすっぽりと旗袍に包まったのを見て満足げな表情を湛える。そしてゆっくりと自身の右手を李斎に向かって差し出した。勿論その一連の行為は彼にとっては自然な成り行きだった。利き腕を失い、未だ気力体力が衰えた李斎を支えたい。そう思ったからに他ならない。だが李斎にとっては違うようだ。その手を取ることなくその場で固まり、困惑した表情を浮かべている。それを見遣り驍宗は笑みを引き、再び嘆息する。やはりこの恋は、内乱以降崩れてしまったのだと。
だが――、

以前から李斎はそういう所があったと驍宗は思う。内乱前、短い間と言えど、二人は情を交わした仲であった。もうこれ以上、触れ合う場所もないくらい互いの温度や香りを確かめ合ったと言うのに、時々李斎は酷く驍宗に触れるのを躊躇った。

――私が、王だからか……。

初めて互いに触れた時、恐れ多いと彼女は言った。主君である貴方と臣下である自分とでは、大きな隔たりがあるのだと。勿論驍宗はその李斎の言葉を聞き流した。身分に隔たりがあったとしても、心まで隔たりがあるとは思いたくないと。

――何故そうまでして、彼女は躊躇うのか。昔も今も。

驍宗はそこまで思い至り、深い紅玉の双眸をひたと李斎の瞳に合わせた。力強い深紅に見詰められ、李斎も真摯な表情を向ける。そして未だ驍宗の手を取ろうとしない李斎に彼は業を煮やし、その残された彼女の左手首を掴んで歩き出した。その力強さに李斎は躓きそうになる。だが倒れ掛けた彼女の躯を彼は苛烈な空気を纏いながらも優しく支え、体勢を整えると再び歩みを進めた。


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