―戴国連作集―

□払暁の風
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何時になく眉間に皺を寄せ難しい顔をしている驍宗を、彼に追従してきた師帥である巌趙と臥信は少し離れた位置で不思議そうに見遣っていた。気配に敏感な彼にしては珍しく、見られているという事実にすら気付いていない様子だった。手にしていた書類を簡素な書卓に置いて、驍宗は深く長い溜息をその場で吐き、更に険しい顔付きで何やら思案する。巌趙はそんな主の姿にどうしたものかと痺れを切らし、意を決して言葉を掛けた。

「一体どうしたんですか驍宗様。さっきから溜息ばかり吐いて」
「――何がだ?」

何時も通りの素っ気ない返事が返ってきて、問うた年嵩の男は苦笑した。全く、この主には愛想というものがない。それでいて人心掌握術に長けているのだから、やはり並の人物ではないのだろうと今更ながらに思う。苦笑を続ける巌趙を横目でちらりと見遣り、強い覇気をその瞳に宿した驍宗が、その年嵩の師帥を見返した。

「言いたい事があるのならはっきり言え。ただ笑われているだけでは気味が悪い」

鋭い眼光を向け驍宗が言い放つ。彼にしては珍しかった。常の驍宗は自身の苛立ちを余り他人に見せたりしない。ましてや誰かに当たるなど滅多にない事だ。巌趙は更に面白そうな顔をしたが、後に控えた臥信が何やら落ち着かない動作をしていたので、巌趙も真面目な顔に戻し、緩んだ口許を引き結んでから驍宗に再び声を掛けた。

「何故そんなに朝から溜息を吐いておられるのです?――まるで恋患いでもしているかの様ですよ」
「――どういう意味だ」

巌趙の言に若干怒気を孕ませた驍宗の鋭い双眸が、ひたと彼の眼に合わせられる。だが巌趙は至って真面目な表情で主の紅玉の瞳を見返した。

「えっと、蓬山公のお気に入りの劉将軍でしたっけ?あの方は随分とお綺麗な方でしたね。噂を聞いた限りでは男だと思ってましたが……まさか女性だとは思いもしませんでした。驍宗様は知っておられました?」
「知っていたが、それが何か」
「いやあ、心身共に強い女は良いものです。仮にも州師で将軍職を拝命してるんですから、それ相応の方なのでしょう」
「――だろうな」
「いやね、ですからその、驍宗様でも女に一目惚れする事もあるのかなと思いまして――」
「莫迦な事を」

驍宗はその場で瞑目し、口角を少し上げ薄く笑った。


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