記念書物
□【織姫を争奪せよ】
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織姫と彦星、今宵は一年に一度の会瀬。
さて、天帝に許され、織姫との一夜を手に入れるのはどの彦星か…?
【織姫を争奪せよ】
大阪城のとある一室、朝からねねと、手伝いとして来た甲斐姫・くのいち・稲姫・ギン千代達は忙しく、けれど楽しそうに一人の人物を着飾っていた。
ガッシリとした身体を金糸銀糸の衣で着飾り、紅玉青玉で短い銀の髪を彩り、長く美しい羽衣を身に纏っている。
健康的な焼けた肌に薄く白粉をぬり、口に紅を指す。
その姿は、清楚にして妖艷で、見る者の目を奪うに十分な容姿であり、何処からどう見ても美しい姫君である。
が、その表情は固く、眉間にシワを寄せ、どこか憂いを帯びた表情をしている。
「ほら、そんな顔しちゃ駄目だよ、折角綺麗になったんだからもっと笑っておくれよ!!」
笑顔でねね様が女人にそう声を掛ける。
美しく着飾った姫君、否、豊臣家武将、加藤清正はますます顔を歪ませ大きな溜め息を付いた。
「おねね様、何で男の俺がこの役をしなければならないんですか…。」
本日は七夕。
祭り好きの秀吉が七夕祭りをしようと言い出したのが発端である。
普通の祭りじゃつまらないと織姫、彦星と各々の格好をしようと言うことになり、その織姫の役に清正が選ばれたのだ。
本来ならばおねね様の言うことは絶対に守り、出来る限りの事は惜しみ無く手を貸す清正だが、今回ばかりはギリギリまで拒否をした。
が、秀吉までも清正に頼み込み、このような姿をするはめになったのだ。
ここで疑問に思うのは何故、男である清正に織姫という役を命じられたかであるが、その疑問は至極簡単であった。
「だって、皆に意見聞いたら清正が良い言ってたんだよ。」
「だからと言って、男にこんな格好させるのは間違ってます!!」
「別に良いじゃない、すっごく似合ってるわよ!!」
「そうよ、折角のあたし達の力作無駄にする気!!」
甲斐姫、くのいちは衣装や化粧道具片手に自信ありげに言う。
「清正殿、とてもお綺麗です!!」
「うむ、男とは思えないくらい綺麗だな!!」
稲姫とギン千代は見事に織姫へと変身した清正をそれぞれ褒めた。
だが、清正にとっては地獄でしかない。
朝早くに女性陣に着せ替え人形の如く衣装合わせをさせられ、服や髪に重い装飾品をつけ、更には顔に化粧まで施されれば気分最悪。
いくらおねね様と秀吉様の頼みであれ、苦行以外の何物でもない。
そんな清正に追い討ちをかけるようにねねは笑顔で言った。
「でもねぇ、殆どの人が清正の織姫姿が見たいって」
『言った奴、絶対に狩って殺る!!』
「それに、私もあの人も清正の織姫姿が見たかったしね!!」
「なっ!?おねね様!!」
他人の戯言ならいざ知らず、親同然に思い慕っていた人達にまで自分の女装姿が見たいと言われ、ショックを受ける清正。
そんな清正を他所に、「綺麗だね清正」と嬉しそうに言うねね様に最早清正には諦めるしか道はなかった。