蝶の軌跡を彩る鱗粉

□"名前"を呼んで
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ふと、思う。

「アース!」

「アース」

彼を呼ぶ声に…私は、



「…アースさん…」

「どうした?フェイ」

背の高い彼を見上げながら、その名前を呼んだ。小さな声だったのに、振り向き、返事を返してくれる

「アースさん」

「なんだ?」

たった一言、大切な貴方の…―――

声に出して、言葉にする

そうすれば

彼には、伝わる気がするから

でも

「………。」

少しずつ下がる視線

もし、"伝わらなかった"ら…?

期待と不安と少しの恐怖

「?どうした…?何かあったのか?」

俯く私の顔を覗き込むように、屈んで視線を合わせる彼の金色の瞳に映る

「大丈夫か?」

泣き出しそうな私の顔

「すみません」

困らせるつもりはなかったんです

「謝らなくていい」

呼び止めたのに、何も言わずに俯く私を責めることもなく、頬に添えられた手に顔を上げられ

「んっ…」

重なる唇、手は後頭部に、あいていた片腕は背に回され、強く抱きしめられた

キスされている、実感と恥ずかしさ

アースさんとは、初めてではないけれど



「…ん?ん、っー…??」


初めて、では、ないけれど…

「ふ…っ!んんっー…!!」

いつもよりもずっと長いキス

さすがに呼吸が出来なくなって、背を叩いたり、爪を立てたりと抵抗をして

「ッ…フェイ、一応痛いんだが」

「…はぁ、はぁ」

やっと放してもらえたけど、軽い酸欠でクラクラする。少し力が緩められたアースさんの腕の中、きっと赤くなってしまった顔を、見られないように身体を預ける

「フェイ、大丈夫か?」

「…アースさん」

まだ熱の引かない顔を向け、窺うように


「返事が、遅くなってしまいましたけど」

―――…世界で唯一人、心から愛した人

「…私も、」

たった一人の彼の名前を

「貴方の…」

ありったけの想いを込めて

「アースっ…の事が、」

呼んだ。
彼の瞳を真っ直ぐに見据えて

伝わりますか?…貴方に

「…フェイ」

好きです。そう続けるつもりだったけれど、声に出来なかった言葉を飲み込んで、微かに瞳を開き、驚いた表情を向ける彼の言葉を待つ



「もう一度、」

短い沈黙を破ったアースさんの声

「もう一度、呼んでくれないか?」

唇が触れそうなほど近くで低く囁く


「アース、さん…」

「違う。名前だけを」

「ァ…アース、さ…ッ!」

最後の言葉は彼の唇に奪われる

「んっ…ふ、ぅ」

「フェイ、もう一度」

キスが終わると同時に言われる言葉

「え…?アースさっ…」

意味を問うために声に出した言葉が全てが終わる前に、また塞がれる唇

離れると、また

「フェイ、もう一度」

と、どことなく楽しそうなアースさんの声

「あの、なにを…?」

「俺の名前を呼んでくれ」

さっきのように、そう耳元で告げられた

「さっきの、って…」


『アースっ…』

そう、呼んだんだ

彼の事を


「え…あの、また今度…とかは…?」

「あると思うのか?」

「で、ですが…その、」

さっきのは告白の意味があった訳で、簡単に口に出来るわけじゃないんです…っ!

とてもそんな事は言えないけど…

「フェイ、安心しろ。もし俺の事を『アースさん』と呼びそうになったら、」

真っ直ぐに言葉を伝えているアースさんが、自信満々に新服のデザインを教えて下さるマクモさんと重なって、マクモさんには失礼ですが、ものすごく悪い予感がします

「………っ」

自然と身体が強張る。拭い切れない不安を抱え、アースさんの言葉に意識を向ける

「言い切る前にフェイの口を塞ぐ!あ、もちろん口でな」

「なっ…!!」

顔に熱が集まるのが分かる、真面目に聞かない方が良かったのかもしれない、あっさりと言い切るアースさんにある意味で尊敬します。というか、こんな所でこんなっ…笑顔で告げる言葉ではないです。それに、

「とても楽しそう、ですね…?」

「この状況で楽しめない男はいない!」

見た女性全てを魅了出来そうな笑顔で、そんな爽やかに言い切らないで下さい!

「すいません、アースさっ…!」

早口に告げ、その場を逃げようとした私よりも早く、有言実行したアースさん

「ん…」

「っ…ふぁ、んー…!」

「ん?……大丈夫か?」

「はぁはぁ…大、丈夫に見え…ますか?」

「」


 

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