蝶の軌跡を彩る鱗粉
□微笑ましい姿
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外は快晴、風もなく過ごし易そうだ
そんな天気の昼下がりに
「…なんだこの量は」
机を埋める書類を見て、やる気が出るはずがない。出たら奇跡だ、というか書類を放置して今すぐ逃げ出してしまいたい
だが、
『王妃様の為に頑張って下さいね』
部屋を出る際に、家臣が残していった言葉
昼食後、人魚だったフェイは文字や国の歴史等を習う為、家臣と一緒に別の部屋に居る
「フェイの為、か…」
もちろん嫌な訳ではない。ただ、なんで仕事を早く終わらせるのがフェイの為なのだろうか
「…終わらない」
理由が分からないまま、やる気なく書類に手を伸ばすが一向に減る気がしない
すると、誰か来たのか部屋の前で話し声がし、続いてコンコンとノック音が聞こえた
「あの…アースさん、少しいいですか?」
書類のせいで見えないが、扉の開く音と共に聞こえた控えめな声
「いいが…どうしたんだ?」
時計を見れば、いつもならまだ勉強している時間。今まで一度だって早く終わった事はないし、家臣曰く、フェイ自身が望んだだけあり、時間ギリギリまで頑張ってるらしい
「すみません、アースさん。お忙しいのに…だけど、どうしても早くお見せしたくてっ!」
俺の隣まで来て、そう急かすように告げると、数枚の紙を渡された
「これは…テスト?」
「はい!家臣さんが作って下さいました」
満面の笑みで答えるフェイに癒されつつ、テストに視線を戻せす
そこには子供向けの問題が並び、丁寧な字で答えが書かれ、赤いインクで採点されていた。しかも、間違いはひとつもない
「凄いな」
問題は子供向けだが、フェイは人間として暮らし始めてまだ数ヶ月と経たない、勉強だって始めてから一月と経たないはずだ
「ありがとうございますっ!きっと、家臣さんの教え方が上手かったからです。それに、」
「それに?」
「あ…それに、その…えと、…あ、あの」
明るく子供のような笑顔は淡いピンク色に染まり、瞳を潤ませながら視線をさ迷わせている
あぁもう、お前は本当可愛いなっ…!というか、そんな顔をされると
「ひゃ…っ!?な、ななっ…!?」
「フェイ…『それに』なんだ?」
椅子に座ったまま、抱き寄せて、真っ赤になったフェイを見上げる
「な、何ですかっ、急に!?はなっ…放して、下さぃ…!!」
「フェイ落ち着け。暴れたらキスするぞ」
「ふぇええっ…!!?」
俺の行動ひとつひとつに、大袈裟なくらいの反応を返すフェイを
つい、からかいたくなる
「フェイ…『それに』の先を言えば、キスだけで放してやるぞ?」
「なっ…え、だけっ…て??!」
手の甲で口元を隠し、片手で抵抗し始めた
「…ちなみに、言わなくてもするが」
「ぇぇえええっ!!!?そんなっ…ずるいですよ!?どっちでも、そのっ…するんじゃないですかぁ!!」
涙声で訴えながら、ポカポカとあまり力の入ってない手で攻撃してきた
「…フェイ」
「ッ!?は、はい…?」
少し低めに名前を呼ぶと、恐る恐るというように顔を覗き込んできたので、うっすらと色付き開かれた唇を寄せ、重ねる
「セクハラ陛下」
「んっ!?」
前に口を塞がれた
「ぁれ…?」
フェイが俺の後ろを見て、不思議そうな声を出した。視線だけで後ろを見れば、腹立たしいくらいの笑顔を向ける家臣の姿
「王妃様がなかなかお戻りになられないので様子を見に来たんですが、案の定襲われてましたね」
呆れたような口調で告げ、わざとらしくため息をついて手を放す
「案の定って…お前な」
「おや、何か間違った事を言いましたか?実際、陛下に喜んでもらう為に頑張った王妃様を、襲っていたじゃありませんか」
「うっ……」
事実なだけに言い返せない