蝶の軌跡を彩る鱗粉

□悪戯まがいのKissひとつ
1ページ/1ページ




もうすぐ日が変わる時刻にも関わらず、明るく照らされたキッチン

「次は何をするんですか?」

パタンと冷蔵庫の扉を閉めながら、フェイが振り返りながら尋ねる

「それは冷やしたら完成だから、ここの後片付けしようか」

凄いことになってるし、と付け加えて今まで作業していた場所を見つめながら、キリクが答えた

バレンタインを翌日に控え、フェイはキリクにチョコ作りを教えてもらっていた
だが、お菓子作りに慣れていない事が災いし、予想以上に時間が掛かったうえに、テーブルやシンクにはチョコのついたボール等が置かれていた

「あ…もう遅いですし、片付けは私がやるのでキリクさんは休んで下さい」

「いいよ、一人じゃ時間が掛かるだろうし
僕がテーブルを片付けから、君にはそっちを任せるよ」

キリクはフェイの発言を受け入れず、指示を出しながら片付けを始めた
フェイもシンクの洗い物に手を伸ばす


「…ん?こんなの作ったっけ?」

ボールで隠すように置かれていたピンクのハート型のチョコレート

「?どうかしまし、た…か……っ!」

「!?…フェイ?」

不思議そうに手に取るキリクから、慌てた様子のフェイが奪うように取り上げる

「な、何でもありません!これは…その…、チョコレートが余っていたので作っただけでっ…!本当に、それだけですよ!」

「………。」

発言させる間を与えないように急いで告げたにも関わらず、なんの反応もなかった事が不安だったのか

「…チョコレートが余ってたんです」

もう一度、言ってみる

「いや、ちゃんと聞いてたけど…でも、」

ピンク色のチョコレート使ってないよね、と、聞きながらフェイとの距離を縮める

フェイがピンク色のチョコを用意していたのは知ってはいた
だが、作業中に使う様子もなく、他のチョコレートに時間を取られていたので、使うのを諦めたのだと思っていた

「…どうしても、渡したいんです
だから、その…キリクさん、」

途中で切られた、消え入りそうな小さな声
薄く潤んだ瞳を向けられ告げられた言葉

「…?あぁ!大丈夫、言わないから」

「え…?」

フェイの唇から続きが紡がれる前に、言葉の意味を察し伝えた

「マクモにあげるんだろう?」

フェイとマクモの仲の良さは誰から見ても分かりやすいので、キリクはマクモに渡されるものだと思った

「違います…私は、キリクさんに」

だけどフェイは否定して、震える手でキリクの袖を掴んだ

「キリクさんに…貰って欲しいんです」

ギュッと裾を掴んでいた手を放し、カップのチョコレートに手を伸ばす

「貰って、くれますか…?」

そっと差し出されたのは
ラッピングも何もされていない、溶かしてハート型のカップで固めただけの誰でも簡単に作れるチョコレート

だけど、他のチョコとは違い、フェイがキリクの為に一人で作った

たったひとつの、特別なチョコレート

「僕に…?」

「はい。あの…すみません、ラッピングとか…なにも、してなくて」

申し訳なさそうに、弱々しい声で視線を落とすフェイの手を握り、視線を合わせる

「いいよ、ありがとう。そうだ…僕からも用意してあるんだけど貰ってくれる?」


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ