蝶の軌跡を彩る鱗粉
□悪戯まがいのKissひとつ
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もうすぐ日が変わる時刻にも関わらず、明るく照らされたキッチン
「次は何をするんですか?」
パタンと冷蔵庫の扉を閉めながら、フェイが振り返りながら尋ねる
「それは冷やしたら完成だから、ここの後片付けしようか」
凄いことになってるし、と付け加えて今まで作業していた場所を見つめながら、キリクが答えた
バレンタインを翌日に控え、フェイはキリクにチョコ作りを教えてもらっていた
だが、お菓子作りに慣れていない事が災いし、予想以上に時間が掛かったうえに、テーブルやシンクにはチョコのついたボール等が置かれていた
「あ…もう遅いですし、片付けは私がやるのでキリクさんは休んで下さい」
「いいよ、一人じゃ時間が掛かるだろうし
僕がテーブルを片付けから、君にはそっちを任せるよ」
キリクはフェイの発言を受け入れず、指示を出しながら片付けを始めた
フェイもシンクの洗い物に手を伸ばす
「…ん?こんなの作ったっけ?」
ボールで隠すように置かれていたピンクのハート型のチョコレート
「?どうかしまし、た…か……っ!」
「!?…フェイ?」
不思議そうに手に取るキリクから、慌てた様子のフェイが奪うように取り上げる
「な、何でもありません!これは…その…、チョコレートが余っていたので作っただけでっ…!本当に、それだけですよ!」
「………。」
発言させる間を与えないように急いで告げたにも関わらず、なんの反応もなかった事が不安だったのか
「…チョコレートが余ってたんです」
もう一度、言ってみる
「いや、ちゃんと聞いてたけど…でも、」
ピンク色のチョコレート使ってないよね、と、聞きながらフェイとの距離を縮める
フェイがピンク色のチョコを用意していたのは知ってはいた
だが、作業中に使う様子もなく、他のチョコレートに時間を取られていたので、使うのを諦めたのだと思っていた
「…どうしても、渡したいんです
だから、その…キリクさん、」
途中で切られた、消え入りそうな小さな声
薄く潤んだ瞳を向けられ告げられた言葉
「…?あぁ!大丈夫、言わないから」
「え…?」
フェイの唇から続きが紡がれる前に、言葉の意味を察し伝えた
「マクモにあげるんだろう?」
フェイとマクモの仲の良さは誰から見ても分かりやすいので、キリクはマクモに渡されるものだと思った
「違います…私は、キリクさんに」
だけどフェイは否定して、震える手でキリクの袖を掴んだ
「キリクさんに…貰って欲しいんです」
ギュッと裾を掴んでいた手を放し、カップのチョコレートに手を伸ばす
「貰って、くれますか…?」
そっと差し出されたのは
ラッピングも何もされていない、溶かしてハート型のカップで固めただけの誰でも簡単に作れるチョコレート
だけど、他のチョコとは違い、フェイがキリクの為に一人で作った
たったひとつの、特別なチョコレート
「僕に…?」
「はい。あの…すみません、ラッピングとか…なにも、してなくて」
申し訳なさそうに、弱々しい声で視線を落とすフェイの手を握り、視線を合わせる
「いいよ、ありがとう。そうだ…僕からも用意してあるんだけど貰ってくれる?」