鬼徹

□鬼灯の冷徹:短編
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今日も今日とて、地獄では亡者達の悲鳴が響き渡っている
閻魔殿では第一補佐官である鬼灯と、閻魔殿庶務係である茉白が書類整備やらなんやらと、忙しそうに仕事に追われていた


「ほ、鬼灯くん」
「なんでしょうか」
「いやあのさ・・・・ワシのこの状況なに?」


鬼灯に声を掛けたのは、地獄で最も恐れられている(はずの)閻魔大王だった
大王は冷や汗を流すと、目線を鬼灯に投げかけた
対する鬼灯はそんな大王などには目もくれず、黙々と机の上の書類を捌いていく
と、そこでようやく沈黙を貫いていた閻魔殿庶務係が顔を上げ


「椅子に縄でぐるぐる巻きにされてる状態でございます、大王様」
茉白ちゃんお願いだからそんな冷静に解説しないでっ!?


というかなんでワシこんなことになってるの!?若干涙声な大王だが、鬼灯はしれっとした態度でなおも目線は書類のまま
この場では大王が一番立場が上の筈なのだが・・・
どうしてか、涙ぐんでいる椅子に縛られた閻魔大王は、地獄で恐れられているあの閻魔大王とはかけ離れているようにしか思えない
大丈夫か地獄


「鬼灯さん、そろそろ時間ですよ」
「・・・・あぁ、もうこんな時間ですか・・・・」


走らせていた筆を止めた茉白は、同じように作業の手を止めた鬼灯を見つめる
懐中時計を見つめている目の下にはほんのり隈が浮き出ていた。現在の時刻は現世で言うと夜中の2時である


「すみませんが大王、私はそろそろ休ませていただきますね」
「わたくしも休ませていただきます。嗚呼でも大王様、そこの書類はきっちりと終わらせて下さいまし
 ちなみにわたくしのペットが目を光らせておりますので、仕事をさぼったりなんてしたらその大きな目が抉れてしまいましてよ」


無表情な鬼灯の横でニコニコしながら、その口から恐ろしい言葉を吐き出した茉白

怖い、何この子超怖い
あれ可笑しいなワシって地獄では偉いんじゃなかったっけ・・・

鬼の目にも涙ならぬ大王の目にも涙である、いろんな意味で


「本当はもう少ししたいのですがね・・・」
「いけませんよ鬼灯さん、つい先日にお倒れになったのを忘れまして?」


「どれだけ心配したとお思いですか」キッとキツく細められた深緑の目が第一補佐官に向けられる
向けられた本人はそれに仕方なさそうにため息を吐いた

そう、鬼灯はつい最近無理をしすぎてぶっ倒れたのだ
鬼灯が徹夜続きだというのは日常茶飯事のようなもので、酷い時には一週間も徹夜していた
しかし、いくら鬼とは言え元々人間であったこともあってか、蓄積された疲労が爆発し、とうとう鬼灯は倒れた

その時の茉白ちゃんの剣幕と言ったら・・・。思い出した大王の肩が震える

お香に負けず劣らずおっとりとしている茉白は、怒ることなどは滅多になかった(毒を吐くことはあったけど)
普段怒らない人が怒ると怖いとはよく言ったものだが、あれは確かに恐ろしい
現場を見ていた鬼たちの間では"茉白さんだけは絶対に怒らせてはいけない"という暗黙のルールが作られたとか


(まあ、それくらい鬼灯くんの事が大切なんだろうけどねぇ・・・
 鬼灯くんも茉白ちゃんも、なんでわからないんだろう)


周りから見るととってもわかりやすいのに
そんな呑気なことを考えている大王だが、鬼灯がぶっ倒れた原因はあんただよ。突っ込まずにはいられない、どこまでマイペースなんだこの大王


「仕方ない、明日早めに起きて終わらせますか」
「ふふふ、お仕事熱心なのはよろしいですが、今回ばかりはわたくしが許しませんよ」


この仕事中毒者め。ボソッと聞こえるギリギリに呟かれた一瞬茉白の背後に黒い何かが見えたのは幻覚だったのか
やがてため息を吐いた茉白は引きつっていた己の頬に手を当てて


「そこの書類はわたくしがしておきますから、"鬼灯様"は休んでいらしてください
 何のために閻魔殿で庶務係を作ったのですか」


呼ばれた名前に鬼灯は一瞬ピクッと眉を動かした
茉白を見つめる目線は睨んでいるようにも見えるが、しかし茉白も負けじとニッコリと笑いながら鬼灯を見返す
大王は横で二人の様子をハラハラとしながら見つめていた。このやりとりも恒例のようなもので、しかし、だいたいいつも鬼灯の方が負けていたりする
が、時々鬼灯が無理を通したりもするのだから仕方のない人だ。この仕事中毒者め

そして、たっぷりと20秒間。沈黙を破ったのは長い溜息を吐いた鬼灯だった
どうやら今回も彼の負けらしい


「わかりました・・・頼みますよ」
「ええ」


と、鬼灯は手の中の懐中時計を見つめた。時計の長針は4の数字を指していた


「ああもうこんな時間に・・・大王、ちゃんと仕事してくださいね」


では行きましょうか。時間が惜しいとでも言う様に早口で捲し立てた鬼灯は自然な動作で茉白の手を取ると、ゆったりとした足取りであてがわれている部屋へ向かった
あっけらかんとしていた茉白は、取られた手を見てしょうがないなとでも言うように笑って、労わるようにその手を軽く握った

その時、わずかに鬼灯が笑っていたことに気づけたのは大王だけだった


「・・・・・ほんと、何であの子達付き合ってないんだろう」
「ピィ?」


未だ椅子に縛られたままの大王は誰に言うでもなくそうつぶやいて
大王の肩にとまっていたお目付け役の黒い小鳥は、その小さな首を傾げたのだった



早く付き合えばいいのにねぇ
(ピィー、ピピ)(ちょ、待って今仕事するから目は抉らないでぇぇぇえ!?)
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