UnderTale

□束の間の夢を見る
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この感覚も何度目だろうか。

暗い視界がほんのり明るくなる。瞼が無いのに視界が暗いだなんて妙な状況だが、その感覚にだいぶ慣れている自分がいる。
いつもなら甘い花の香りがしてくるというのに、今日は何故か、何時まで経っても花の香りがしなかった。
サンズは不思議に思いながらも、ソッと目を開けてみた。
彼の目の前には、いつものようなパステルカラーの空間が広がっていた
──何もない、パステルカラーの空間が。


(何だ?いつもと雰囲気が……)


いつもなら、淡い色合いの空間に、見惚れんばかりの花畑が広がっているはずだ。
もしくは、ただの草原かもしれないが、それはどちらでもいいことだ。

方向感覚が狂うような、がらんどうで何もない空間。果たして今自分は立っているのか、それとも宙に浮かんでいるのか解らなくなる。

何もしないよりはマシだと思ったのか、サンズは歩を進めた。進む方向が合っているのかなど解りはしないが、ただひたすらに前へと進んだ。


(まるで、初めてここに来たときみたいだな)


床を踏みしめる音もなく、ただひたすらに無音のまま、サンズは歩みを進めた。
音すらない白い空間は、どことなく不気味だ。サンズがモンスターでなければ狂っていただろう。

そうして暫く進んでいると、初めてここへ来たときのように、周りにぼんやりとした輪郭が浮かび上がってきた。
それは、幾つも連なっている白い大きな支柱のような姿を形成していく。
まるで、『最後の回廊』にいるかのようだ。


(あそこよりも支柱の数は多いけどな)


支柱の景色が、サンズの行く先を示すかのように建ち並び、道を作っていく。
導かれるままに、サンズは先へ進んだ。同じような景色が、何度も何度も、彼の横を通りすぎていく。
白かった景色は、淡くオレンジ色に色づき、それは夕暮れ時を思わせた。
包み込むような暖かさを感じさせる反面、何も音がしないというのが、不気味な雰囲気を醸し出している。

音のない世界を歩いていると、サンズの視界に白とピンクの色が写った。
不均一に混ざるようにして点在する色と、わずかに漂う匂いに、それが何かの“花”だということに気付いた。
その花畑は、いつものように一面に咲いてはいなかった。アズゴアの育てている金鳳花の花畑のように、小さなものだ。
その中心地に、うずくまるようにして丸まる白い影──

ヒュッと、風を切るような呼吸音が、サンズの口から出た。ドクリ、ドクリと嫌な音を立てて、ソウルが脈打つ。
サンズは即座に、その“白い影”へ近付いた。この空間で白いものといえば、彼女しかいない。

フワリと、サンズが近付いたことにより、横たわる彼女の服が揺れる。
サンズとは反対方向を向いて横になるアリー。死人のように白い見た目から、まるで彼女が死んでいるかのような錯覚を覚えて──


「おい……おいっ!起きろ!!」


些か乱暴にして、アリーの肩をサンズが揺らした。
その衝撃に意識が覚醒したのか、アリーが小さく声をもらす。生命反応を感じて安心したのか、強張っていたサンズの体から、ゆっくりと力が抜けていった。
どさりと音を立てて座り込む音に、意識を覚醒させたアリーは、軽くあくびをしながらムクリと体を起こした。
ふと、隣にいる存在に気づいたのか、呆然とした表情でアリーはサンズを見た。
何故そんなにも慌てているのか、と言わんばかりの表情だ。


「おはようございます、何かありましたか?」
「…はぁ…何でもねぇよ……」
(一瞬、死んでるかと思ったなんて、言えるかっての……)


紛らわしいことしやがって。と、面と向かっては言えない文句を、胸の内でやり過ごす。
心配されていることなど露知らずなアリーは、煮え切らない様子のサンズに対して、ただ首を傾げることしか出来なかった。


「しかし驚いたな、あんたも眠ったりするのか」
「別に、寝なくも問題はないのですがね
 睡眠というのは、私にとっては娯楽の一種でしかありませんから」
「そりゃまた……随分と贅沢な娯楽だな」
「ふふっ、そうですね」


よっこいせ、と声を出しながら、アリーは姿勢を正した。それに合わせて、サンズは尻餅をついていた姿勢を、片膝を立てながら座る姿勢に直した。

肩を並べて座る二人の距離は、僅か数センチ程。
隣に座ることはあったが、これほど近い距離に座ることがなかったためか、サンズのソウルがドクリと脈打つ。
しかし、それは先程のような、背筋が凍るような嫌なものではない。
どこかくすぐったいような、恥ずかしいような……それは、言葉に形成しがたい感覚をサンズに与えた。


(??さっきから妙にソウルがざわついてるな…何でだ?)
「ところで、サンズさん」
「ヴ!?な、なんだよ」
「(何を慌ててるのでしょう…)いえ、今日は随分と静かだと思いまして
 いつもなら、ここはどこだ、何でこんな風になってる、と、聞いてきていたので」
「Ah〜……俺だって何度も怪奇現象を体験すれば耐性がつくさ。まぁ確かに、いつもと雰囲気が違いすぎて驚いちゃいるけど……」


かさりかさりと、地面に生えている花がサンズの手に当たる。白と紫に近いピンクの花びらをした花は、掌に収まる程度のサイズだ。
プツリと一輪摘み取って、自身の顔の前まで持ち上げる。フワリと、強く花の香りを感じた。


「見たことのない花だな」
「本当は、低木の花らしいです
 私が見たことがあるのは、摘み取られた状態の花だけだったので、こういう形になってしまってますが……」
「ふーん……何て名前なんだ?」
「長すぎて、しっかりとは覚えていないですが、“キスツス”と呼ばれてたと思いますよ」


前から、後ろから、左から、右から…。
手に持つ花を回しながら観察するサンズは「キスツス、ねぇ」と呟いた。


「そりゃ随分と舌を噛みそうな名前だな」
「スケルトンには噛む舌が無いじゃないですか」
「違いねぇ…と、言いたいところだが、実はあるんだよ」
「スケルトンなのに?」
「スケルトンなのに」


んべ、と、自身の舌を出すサンズ。人間のものとは違い、彼の舌は青色だった。


「ブルーベリーを染めたような色ですね」
「そのブルーベリーってのがどんなのか知らないが、まぁ、要するにめちゃくちゃ青いって言いたいんだな」
「えぇ、人間と同じ赤色かと思ってましたので、驚きました」


まじまじとサンズの舌を見詰めるアリー。その視線に恥ずかしくなってきたのか、サンズの頬がほんのり赤くなっていった。


「……なんだか美味しそうですね」
「………………ハァッ!?」


気恥ずかしさから意識を反らしていたサンズの聴覚に、爆弾なんて生ぬるいと言わんばかりの爆弾発言が届いた。
発言した張本人はケロッとしている。何を言ってるんだコイツ、と思ったが、そう思う自分が可笑しいのか?と自問自答しそうになるほどに、あまりにもケロッとしていた。


「おまっ、ハァッ!?」
(いや、まて、落ち着け、俺はおかしくない、俺は正常だ
 妙なことを口走ったこいつがケロッとしている方がおかしいんだ)
「あら、仕舞っちゃうんですね…残念」
「そりゃ目の前で「美味そう」なんて言われれば仕舞うに決まってんだろっ!」
「いやですねぇ、ただの冗談じゃないですか」
「あんたの表情はわかりにくいんだよっ!!」


驚きすぎて、危うくソウルが具現化するところである。まったくもってソウルに悪い。
ばくばくと激しく鼓動するソウルを抑えながら、サンズは軽く咳払いした。


「ところで、あんた
 睡眠は娯楽の一種だっつってたが、いつもあんな風に寝てるのか?」
「??あんな風に、とは」
「あー……ほら、枕とか布団とか、何も使わないで寝てただろ」


いくら下の花がクッションになってるとは言え、何も使わずに寝るのが身体に悪いということを、サンズは痛いくらい身に沁みている(何なら最近もしんどい思いをしている)


「そうですね。今までそういった物を使わなかったので」
「そ……っか、悪い」
「いえ、気にしていないので大丈夫です。もう慣れてますから」


穏やかな笑みを浮かべるアリーは、凪いだ海のようだった。それがより一層、サンズの心にえも言えぬ感情を巻き起こす。

何回かの邂逅で、アリーの自分自身への関心の無さを、サンズはひしひしと感じていた。
関心が無いというよりも、感覚が鈍っている、と言ったほうが近いだろう。
例の惨状が原因で感覚が麻痺してしまっているということを想像するのは容易い。


「慣れた……ね、だとしても、枕とか布団があったほうがいいだろ
 あれは気持ちいいぞ」
「そこまで言うほどですか」
「Heh、ありゃ何かの魔力でも込められてるんじゃないかって程さ
 あんたも、知ったらきっと病み付きになるぜ」
「サンズさんがそこまで言うなら……少し、体験してみたいような気もします」
「だったら持ってきてやるよ、ちょうど家に余ってるやつがあるからな」


と言いながら、サンズの脳裏には、自宅の押し入れにあるガスターの布団一式が浮かんでいた。
ほとんどを研究所で寝て過ごしているため、ガスターがニューホームの自宅に帰ることは滅多にない。
そのため、買ったはいいものの、彼のための布団は、ずっと押し入れの中で眠ったままなのだ。


(ま、使われないで古くなるより、誰かに使われたほうが、道具も喜ぶってもんだろ)
「そうですか、なら、私も楽しみにしてますね」
「おう、きっと気に入るぜ」
(問題はどうやって持ってくるか、だがなぁ……)


布団を抱きかかえる自分の姿を想像し、そもそも大きな物を持ってくるのが可能なのか、という根本的な疑問に回帰したサンズだったが。
徐々に白んでいく意識に、考えあぐねても仕方がないためか「なんとかなるか」と、思考を放棄することにした。


(次、寝るときは…布団をもっ……とかね…と……な………………)



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