UnderTale

□束の間の夢を見る
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コアにて、個人の研究室に引きこもっているサンズは、ペンを片手に机へ向かっていた
考え事をする時の癖か、ペンを持っていない指が、一定のリズムを刻んで机を叩いている

彼の横には、アリーのいる空間から拝借した、一輪の花があった。円筒状のカプセルに入れられている花は、ほんの僅かに形が崩れているものの、元の形を保ったまま存在している
その花を見つめていたサンズは、手持ち無沙汰にペンを弄ぶのを止めて、手元の紙へ視線を移し、ペン先を走らせた


── レポートNo.1

例の『異空間』に行くようになってから、既に数日経っている
異空間には、大量の魔力が充満していた。コアも、なにも存在していない空間で、だ
驚くことに、それの発信源は、一人のニンゲンによるものだ

個体名:アリー
種族:ヒューマン

魔力が彼女を中心に動いていること、そして、あの時に見たものから、異空間の魔力が彼女のものである推測は、間違っていないだろう

無限に湧き出る湧き水のように、彼女の魔力は膨大だ、まるで上限というものがない
しかし、ニンゲンの身体は、内包できる魔力量に限りがある。モンスターよりも保持できる魔力量は多いが、無限に湧き出るものを保持するのは、流石に無理がある
上限以上の魔力を、無理矢理に器に抑え込むのは、ニンゲンであっても負担が大きい
余分な魔力を放出しなければ、身体が崩れてしまう危険がある。そのため、意識的に魔力を放出しているのだろう
また、その濃度を考えると、アリーは、永い時を異空間で過ごしているようだ
細かい年月までは推測するのが難しいが、異空間の魔力濃度と、彼女の魔力操作能力の高さを考えれば、ニンゲンの平均寿命はとうに超えている

彼女の魔力操作能力は、天才とも言われるガスター博士すら凌ぐ程高い
その能力があれば、見渡す限りの花畑を、本物と見間違うほど精密に創造することは容易いだろう

なお、異空間には、建物や植物などの存在も確認している。しかし、先にも書いたように、それは彼女が精密に造り上げた『創造物』だ
生成のために消費しているのは、言わずもがな、異空間に満ちている、彼女自身の魔力
そのため、異空間にある物は、純粋な魔力の塊・・・結晶であると言える
以前、意図せず此方側に持ってきてしまった花は、数時間と経たずに崩れて散布してしまった
おそらく、アリーの魔力から造られたもののためと思われる。此方にも魔力は漂っているが、同じ魔力であっても、生成元が違うと補充などが出来ないようだ
異空間の創造物にとって、アリーの魔力は『酸素』であり、此方の魔力は『二酸化炭素』と言ったところだろうか

現在、本人の許可を得て持って帰ってきている創造物(花)がある
試しに、魔力を留めるカプセルに入れてみたところ、形が崩れるのが遅くなったため、創造物が純粋な魔力の塊である、という考えは間違っていなさそうだ
しかし、このままでは、以前持ち帰った花と、同じような結末になってしまうのは変わらない
花を入れているカプセルも、完全に魔力を留めれているわけではなく、あくまで一時的なものに過ぎないのだ
これが、永続的に留まらせれるようになれば、もしかしたら、ソウルの形を崩さずに存在させれる方法にも繋がるかもしれ──


レポートを書いていたペン先の動きが止まる。文字と図面で構成した内容は、既に用紙の3分の2を埋めていた
サンズは、片手で頭を軽くかきながら、ペン先で机をノックする。続きの文章をどう書くべきか、悩んでいるようだ


(・・・あー・・・魔力とソウルは別物だからなぁ
 ある意味では同じものと言える、けど、そもそも、魔力を造っているのはソウル自身。性質が似ることはあっても、その役割や構造までは類似しない)


頭を抱えるサンズを尻目に、プライベート室の扉がノックされる
その音にハッとした彼は、手元のレポートを急いで机の奥に押し込み、花の入ったカプセルも、見えないように本棚の奥へ隠した
──なんとなく、アリーの存在を匂わせる物が、他人に見られるのが憚れたのだ

レポートもカプセルも隠したサンズは、閉めていた鍵を外して、扉を開いた
そこには、サンズの予想に反して、ガスター班以外の研究員が立っていた

サンズの個室に来るのは、ガスター本人か、ガスターと同じ研究部門に所属している班員の研究者だけだ
基本的に、他人のプライベート研究室へ、他の研究員が行くということは、あまりされない
プライベート室に籠る時「周りとの接触を絶って集中したい」という心理状況の研究員が多いからだ
更に言えば、真面目に取り組むサンズは、言外に「話しかけるな」というオーラが強く出ている(本人にそのつもりは全くなし)そのため、気心知れたガスターか、良くてもガスター班の研究員しか、サンズの個室を訪れないのだ

目の前にいる、白衣を着た顔なしのモンスター。メタリックな黒い肌色のモンスターは、バインダーを片手にサンズへ話しかける
口がないのにどうやって喋っているのか、という疑問が、一瞬だけ彼の思考に浮かんだ


「サンズ君、で合ってますかね」
「あぁ、うん、そうですけど」
「間違っていないようでよかった、ガスター班のモンスターから、あなた当ての書類を預かりまして
 ついでに、博士からも伝言が」
「・・・へぇ」


エコーがかった声が、サンズの脳内に響く。どうやら、テレパシーで会話するタイプのモンスターのようだ

ついっと、差し出された書類の封を受け取りながら、サンズは顔なしのモンスターを訝しげに見る
基本、ガスターは自分の班以外の研究員に、サンズへの連絡を頼むことがない
余程忙しいのなら、仕方なく頼むこともあるが、だとしても、サンズの顔馴染みのモンスターに頼むのだ
しかし、サンズには、この顔なしのモンスターに一切の見覚えがない。むしろ、今会ったのが初めてと言っていい
怪しむような視線に気付いたのか、顔なしのモンスターが肩をすくめる。顔がないために表情はわからないが、その仕草から、困ったような雰囲気が伝わった


「驚いたかもしれませんが、他に頼めるモンスターがいなかったそうですよ。なので、あまり警戒しないでいただけると嬉しいのですが・・・」
「Ah〜・・・そういうことか、申し訳ない」
「いえ、まぁ、個人の研究室に来られると、ピリピリしてしまう気持ちは解りますので」
「特に、俺の所は滅多に来ないんで・・・ところで、伝言というのはいったいどんなことですかね」
「あぁ、忘れるところでした。えぇと、確か・・・」


顔なしのモンスターは「こほん」と一つ咳払いのような仕草をすると、まるで、録音をしたテープのように、ガスターにそっくりな声で話しだした


「『やぁサンズ君、彼の話を聞いているということは、無事に書類が届いているということだね。結構結構
 そうそう、目処がついたから、明日の明朝に私の所へ来てくれ。手が二本では足りないから貸してほしい

 あ、渡した書類の提出もその時にヨロシク!』」
「・・・・・・」
(あンの玉子頭野郎、骨ぶっ刺すぞ)


突然の物真似に驚いたのも束の間、最後に続いた台詞で、サンズの視線が手元の封に向けられる
しっかりとした重みのある封、厚さは約3センチといったところだろうか

これを、全部、一人でやれってか

語尾に星がつきそうな程の勢いで(視覚化出来ていたら絶対についている)、最後の台詞に「きゃぴっ」とでも言いそうなポーズを決め込んだガスターの姿が、サンズの脳裏に浮かぶ
本人と思わんばかりにそっくりな音声が、想像のリアリティを、更に増長させている感じが否めない。骨だというのに、その額に青筋が浮かんでいるようにすら見える


「とりあえず、明日の件は了解です。もし、博士に会うことがあれば『骨が背後から飛んでこないか気を付けとけ』って伝えていただきたい」
「あはは、解りました、ガスター博士に会ったらお伝えしておきます」


顔がないというのに、随分と表情豊かなモンスターだ、と、サンズは思った。顔がないのに表情豊かとは、これまたおかしな表現であるが
丁寧な口調とは裏腹に、口許あたりに手を当てて肩を震わせている姿は、どことなく陽気そうな雰囲気が出ていた


「頼みます。それにしても、随分と声真似が上手いんですね。声、と言っていものか解りませんが」
「テレパシーで会話をするモンスターなら、簡単にできますよ。相手の声の波長に合わせればいいだけなので
 ラジオのチャンネルを合わせるようなものです」
「Hmm、なるほどね」


声真似が上手いとは、ガスターが気に入りそうな特技だ

自分をおちょくってくる上司の姿を思い描きながら、サンズは内心でため息をついた。バカと天才は紙一重、とはよく言ったものである
とは言え、ガスターの才能は本物だ。コアという、前代未聞の代物を生み出し、モンスター達の存亡の危機を救ったのだから
そんな天才が、このようにバカな量の仕事を回してくるのは、サンズのことを信頼しているからこそ、というのも解っている
・・・解ってはいるのだが、雑務を放り投げて実務実験にかまけている姿を見ると、ただ単に雑用が嫌なだけなのでは。と、勘ぐりたくもなるというもの

いかんせん、一つのことに集中すると、非常に周りへ目が向かなくなるため、ガスターの雑務は溜まるいっぽう
補佐でもあるサンズが、それを消化しなくてはいけない立ち位置である、と、理解しているものの、毎度同じように雑務を押し付けてくる天才上司の姿を見ると、複雑な心境だ


(そりゃ、いくら尊敬しているとはいったものの
 こうも、無茶ぶりな雑務を振られ続けると、悪態の一つや二つ、つきたくなるもんだ)
「破天荒な人が上司だと苦労しますね」
「慣れたもんですがね
 荷物、ありがとうございました、早めに処理したいんで戻ります」
「頑張ってください」
 あ、その前に軽く自己紹介を・・・
 ノーフェイスと言います。よろしくお願いします、サンズさん」
「ご丁寧にどうも
 知ってるかもしれませんが、サンズです、以後よろしく」


ゆったりとした動きで、右手と思わしき触手が差し出される。身体はニンゲンのようなのに、腕は触手なのか
メタリックな肌質をしたその手を、サンズは、軽く握って握手する。思っていたよりも柔らかな感触に、何故か、パピルスのパスタのことを思い出した



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