UnderTale

□束の間の夢を見る
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自分の手に、誰かの手が触れてくる感覚で、サンズの意識が浮上した
まるで、寝起きの時のように頭がボーッとしている
うまく思考が働かないなか、とりあえず身体を動かそうと試みる。しかし、何故か、身体が異様に固まっており、動くことができない
それに気付いたアリーが、サンズの頭に触れると、そのまま、小さな子供にするかのように、ゆっくりと頭を撫でた
微かに感じるぬくもりに、無意識の内に強張っていたサンズの身体が、次第に、緊張の糸をほぐしていった


「あれは……」

「あれは、あんたの記憶、なんだよな」


サンズは、顔を俯かせたまま、アリーに問いかける

まるで、映画のダイジェストのように飛び飛びになって見せられた幻影。虫食い状態の本のように見せられた幻影の数々が、サンズの脳裏に蘇る
サンズの認識が正しければ、あれはアリーの体験したもの……アリーの『過去』そのものだ。
サンズの問いに対して、曖昧な笑みを浮かべながら、確信を持つサンズの疑問に対してアリーが応えた。


「あれは、私の中の記憶の欠片。今の私と、最も繋がりの強いものです

 私が、何故ここにいるのかも、この空間が何故魔力に満たされているかも、おおよその理由はおそらく解ったでしょう」


穏やかな笑みを浮かべる様は、サンズの見た、記憶の中のアリーとは似ても似つかない。
記憶の中の彼女は、常に"無"だった。黒い目の色を、暗く、より暗く落としながら、生きることも、死ぬことも選択できずに、全てに諦めた目をしていた。今まで痛みを感じたことのないサンズでも、その姿の痛々しさに骨身が冷えるほどに……
しかし、目の前にいるアリーには、負の感情がない。穏やかに凪いでいるような様に、あの出来事がまるて嘘かのような錯覚すら抱く。

──まるで、喜と楽以外の感情が、欠落してしまったかのようだ


「──不思議そうですね、あれだけのことがあって、何故私が笑えているのか」
「……正直に言えば、そうだな。あんなことを経験していたら、死んでいてもおかしくはない」
「あなたたちの感覚で言えば、そうなりますね」


ソウルは、モンスターの全て
心とも、身体とも密接な関わりがあるために、そのバランスが崩れるのは、命の危険すら伴う。それほモンスター達の間では、今や周知の事実だ。
しかし、人間にそれは適用されない。
無論、『心』が麻痺し、感情が死ねば、それはただの人形に成り下がったも同然だ。だが、そうなったとして、人間の命に危険が及ぶことはない。
死んでいるのは感情だけなのだ。

それは、別の視点で考えてみると、たとえ一度『心』が死んだとしても何らかの切っ掛けで『心』が生き返る可能性がある、ということにもなる。
──彼女は持ち直したというのか


「確かに私は、苦痛と苦汁を舐めさせられました
 当時の仕打ちを考えれば、彼等と、世界を憎んでいても致し方ないでしょう。無論、憎んでいなかったのかと言えば、それは嘘になりますが」


口許の笑みが、深みを増す


「憎くないわけがありません。命を、身体を弄ばれ、危険だと言われ、この、何もない異空間に、気が遠くなる程、長い間閉じめられて……」


憎まれ口を叩きながらも、アリーの口許は、弧を描いていた。
サンズには、その笑みが、まるで涙を流すのを耐えているように見えた。それは、彼女の過去を垣間見てしまった故の幻覚なのか、今の彼には判断する冷静な思考がない。


「けれど、ずっと一人でいると、不思議なことに心が穏やかになったんです」


アリーが閉じ込められている空間には、何もない。
それは同時に、ここには彼女を傷付けようとするものが存在しないことを示している。彼女が体験した、絶望や、苦痛を強いられることはない。あるのは、アリーの存在が外に出ないように制限している、『籠』という名の異空間だけだ。


「慣れると案外快適なんですよ、ここ」


溌剌とした声とは裏腹に、口許に浮かぶ笑みには力がなかった。


「…そう言う割りに、寂しそうだな」
「ふふっ、そう見えますか」
「あぁ、俺にはそう見える
 なぁ、そんな風に笑ってて疲れないのか?」
「さぁ……自分がどんな顔をして笑っているかなんて、見たことないですからね」

(……あぁ、そうか)

  
これはきっと、彼女なりの処世術だ。

思えば、アリーは常に笑っていた。サンズと初めて出会ったときから、常に笑顔を絶やさなかった
モンスターには、ずっと、泣きそうな顔をしていたり、怒ったような顔をしていたりする者もいる。
そんな彼等を、生まれたときからずっと間近で見えていたサンズにとっては、アリーが常に笑顔であることに、違和感はなかった。それが、彼女の性格なのだと思っていた
──その笑顔が、時折、機械的なものに見えたのも、目の錯覚だろう。と。


(違う、目の錯覚なんかじゃなかった
 こいつは………アリーは、笑うことで全てを抑えてきたんだ)


笑顔の裏に見え隠れする、『諦め』という感情。アリーの生きた環境は、彼女が、無意識下にそう思ってしまう程に、悲惨だった。


「でも、貴方が最近よく来てくれるせいか、帰ってしまわれた後は、なんだか少し……寒いですね」


その時のことを思い返したのか、軽く腕をさすりながら、ふふっとアリーは笑った。

永いこと一人でいたアリーの感覚は麻痺している。
"独り"でいることに慣れてしまったために、その感覚が『寂しさ』だということに気付けない。気付けないというよりも、思い出せない、と言った方がいいだろうか。


「外に出ようと思わないのか?その魔力量なら、ここから出るのは容易いだろう」
「確かに、この空間を破るのは、今の私には容易いです
 けど、彼等は私をマークしています、出たことに気づかれれば、次はより深く、暗い異空間へ飛ばされるでしょう」


アリーが、掌で魔力の塊を練る。それは物体の形を成さず、小さな竜巻のように、ぐるぐると渦を巻いて掌に収まっていた。

具現化させた魔力を静止させながらも運動させるのは、よほど魔力の扱いが上手くなければ容易にできることではない。霧散しやすく形のないエネルギーを留めるのは、第三者が考えているよりも困難を極めるのだ。
ガスターですら、運動させている魔力をその場に留まらせているのは難しい。運動させているエネルギー量が少ないとはいえ、巧みに魔力を操る様は、熟練の魔術師をも凌ぐ。

アリーは、それを成せるようになる程、永い時をここで過ごしたのだ。


「ここから出たら、あんたの世界に戻されるのか?」
「確証はありませんが、少なくとも、私はそう思っています
 仮に、あの世界以外へ繋がる出口があったとしても、私はその世界と『結び』がありません」
「『結び』?」
「あぁ、そこまでは解らなかったのですね」


アリーの掌で、あやふやな形になっていた魔力が、細長い糸となって天井へ向かう。
それは、家の天井を通り越して、どこまで続いているかわからない空へと伸びていった。


「誰しもが、生まれながらに世界と繋がっています
 私の世界の者は、それを『結び』と呼んでいました」


生まれ落ちた瞬間……否、命を授かった瞬間から、その者は、その者のいる世界と、強い『結び』を得る。
『結び』は、その世界の住民であることを示すものだ。
世界と住民には、俗に言う『コード』というものが振り分けられており、個体の持つコードと、世界の持つコードが一致して、初めて、世界にいることを許される。


「つまり、別の世界が数多く存在していて、その世界のコードを持っていないと、その世界に入ることが出来ない。そう、思っているんだな」
「『結び』が本当に存在していれば、そうなります
 世界を『扉』のある部屋
 世界のコードを『鍵穴』
 個人のコードを『鍵』
 と置き換えて考えてみましょう」


扉を開くためには、対応した鍵と、鍵穴が必要だ。
そして、その鍵は生まれた瞬間から、個人に手渡される。それが、世界と個人の『結び』となる。

アリーのいる空間は、扉は存在するものの、鍵穴が壊れている世界だと言えば、解りやすいだろうか。

無理矢理抉じ開けられた空間は、鍵穴を壊して侵入したのと同じようなものだ。
故に、無理矢理中に放り込まれたアリーが、この世界に適応した鍵を持たなくとも、存在が許された。しかし、その代わりに、外からの干渉は一切受け付けなくなってしまった。
鍵穴がないということは、どんな鍵を持っていても、意味がないということなのだから。


「この空間の鍵穴は存在しません。だからこそ、本来は誰も来れるはずがない」
「だがそこに、俺という異分子が介入できている」
「そう、それが私には、とても不思議なのです
 "彼等"の理論を全て鵜呑みに出来ませんが、『結び』の仮説が正であれば、今ここに、貴方という存在は許されていないはずですから」


シュルシュルと音を立てながら、伸びていた魔力の糸が、アリーの掌まで戻る
毛糸玉のように丸めた"それ"を、毬のようにして弄びながら、心底不思議そうな声色で話を続けた


「鍵穴のない開かずの部屋に、どうやって入る手段があると言うのでしょうか」
「それを一番知りたいのは俺だ、俺自身、どうやってこの空間に入ったのか、わからないんだ
 もしくは、あんたが勘違いしているだけで、この空間は最初から『開いている』のかもしれないな」
「『開いている』?」
「あぁ、あんた、さっき言っただろう?ここは、鍵穴の壊れた扉の部屋のようなものだ、ってな」


この空間が存在しているということは、鍵穴がなくとも、扉は存在しているということだ
だとすれば、鍵穴のない扉なのだから、誰でも自由に出入り出来る。とも考えられるのではないか

アリーは、この空間が閉め切られていると思っているようだが、実際はその逆なのでは。というのが、サンズの考えだ


「なるほど……それは一理あります」
「この空間は特殊だ、だから、普通に生活しているだけなら、まず誰も気付けないだろう
 俺は、少しばかり変わった研究をしていてね
 だから、ここに引き寄せられた、って可能性があるんじゃないか
 証明をするものが何もないから、断言はできないが……」


サンズの考えた仮説に、アリーは何度か頷いた
彼女一人でいたら、到底辿り着けていない考えだ

アリーにとって、この空間は、自身を閉じ込める『檻』であり、同時に、自身を外界から守る『籠』だ。故に、この空間は、完全に閉ざされているものだと信じていた
信じていたというよりも、そういう認識を刷り込められていた、と言えるか


「一つ確認したいんだが」
「はい?」
「あんたは、ここから出たいのか」
「……」


アリーは考え込んだ
先に言ったように、ここは檻であると同時に、彼女を守る籠でもある
外へ出たとしても、過去の繰り返しをするばかりだ、ならば、多少の不便があったとしても、安全な場所で静かに暮らしたいと思うのは、性であろう


「たとえ出れたとしても
 この空間以外で、私が生きれる場所はありません」


けどもし、もし叶うならば……


「あなたたちの世界は、見てみたいと思いますね」



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