UnderTale

□束の間の夢を見る
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(これは、子供のときのアリー、……?)


真っ白な肌でも、真っ白な髪でもなく、身体に薄汚れた包帯を巻いてるわけでもない。
唯一の共通点は、少しくすんだ、白いワンピースを着ていることだろう。
その服のサイズは、明らかに今の彼女に見合っていないくらい大きなものだった。
雑ではあるが目元にかかる髪は掻き分けられており、常に隠れて見えなかった目が、今は露になっている。
底無しの沼のように、淀んだ色を灯すその目は、つまらないとでも言うように無感情だ。
暗い表情で、与えられた玩具で遊んでいる様子は、サンズの知るアリーの姿とあまりにもかけ離れすぎている。

異様な様子のアリーに、息を呑んだサンズが一歩踏み出そうとした。
しけし、その瞬間、子供の姿がゆらりとゆらめき、まるで最初からいなかったかのように消えていった。

子供の姿のアリーが消えると同時に、サンズの背後に、少し背の伸びたアリーが現れる。
彼女は、サンズに背を向ける形で立っていた。その隣には、仕事中のサンズのような、白衣を着た大人が立っている。
どうやら男のようだ。

アリーの背中に手を当てて、何処かへ行くことを促しているようだ。
こつこつと、革靴が床を歩く音が響く。それに合わせて、ぺたぺたと、素足が床を歩く音もする。
サンズが視線を下に向けると、アリーの裸足が彼の目に映った。
後ろを向いているために、アリーの表情は知ることが出来ない。しかし、冷たい雰囲気を纏っていることから、少なくとも笑顔ではないだろう。
やがて一つの扉の前まで来ると、男が扉を開いて、アリーを部屋の中へ招き入れた。
パタリと閉まる扉。その扉の部屋名は、不自然に塗り潰されていた。
閉ざされた扉の前まで来ると、部屋の中のから話し声が聞こえてきた。それは、複数人でされている会話のようだ。


『経過はどんな感じだ』
『今の所は問題なし、ケース10の想定通りに』
『そうか……なら、少し早いが、次の段階に移るとしよう』
『では……』
『あぁ』

『今度はこれを混ぜてみよう』

(っ!!!)


ざらりとした冷たい男の声が、サンズの思考に重く響く、それに続いてジャラジャラと鎖の音が激しく響き、声にならない呻き声が聞こえた。
サンズが扉を開こうとした時、またもや、目の前の扉がゆらいで消える。

次は、今のアリーに少し近い姿の女性が、白い部屋の中で椅子に座っていた。彼女の髪は、毛先が白く変色していた。
──その足には、アリーには武骨過ぎる、大きな枷が嵌められていた。


(こんな物が、どうして)


表情のないアリーは、虚ろな目をしたまま部屋の机に立て掛けている写真立てを見つめている。
不思議と、焦燥したような様子とは裏腹に、アリーの魔力量は先程の姿のときよりも格段に多くなっていた。年齢に対して、明らかに魔力量が多い。

サンズは音を立てないようにしながら、アリーの近くまで進んだ。今度は揺らいで消えることはなく、すんなりと近くまで進めた。
アリーは近付くサンズには目もくれない。
それもそのはず、何せこの空間は、彼女の記憶なのだ。記憶の中のアリーが、サンズに視線を向けることはない。

その時、部屋の扉が開いて一人の男が入ってきた。眼鏡をかけた身長の高い細身の男だ。その視線は鋭く、冷たい光が宿っている。
口を開いた男は、底冷えのするような声色でアリーに呼び掛けた。


『まだ、そんなものを見ているのか』
『……』
『希望など、ないことはとうの昔に知っていたはずだ。無駄な悪足掻きはよしたまえ』
『……』
『あぁ、話をする暇はないんだった
 おい、こいつをさっさと"あそこ"へ連れていけ』


扉の外に控えていたのだろう、男の一声に、後二人の人間が部屋の中へ入ってきた。冷たい目をした、ロボットのような人間だ。
同じ人間へ向けるとは思えないような、まるで道具を見るかのような目でアリーを見る二人は、部屋の外へ連れ出そうと、細すぎる腕を乱暴に掴んだ。

嫌な予感がした


(まて……まて、だめだ、だめだ!『彼女』を、連れていくな!!)


今、ここで連れていかれてしまったら、取り返しのつかないことになる。

何故かそんな気がしたサンズは、触れれないとわかっていても、部屋を出ようとする人間の肩へ必死に手を伸ばした。
しかし、やはりその肩には触れれず、スッとサンズの手は人間の体を通りすぎてしまう。
それでも、何かせずにはいられない。

手を伸ばす

触れれない

手を伸ばす

触れれない

手を伸ばす

触れれない

手を伸ばす

触れれない

手を伸ばす

触れれない

そして、とうとうアリーは、部屋から出された。

伸ばした手は、結局彼等には届くことはなかった。虚しく空を切る手の先で眼鏡の男が扉を閉めていく。

──扉が閉め切られる直前、サンズは、アリーと目があった

…………ような気がした






















気付けばサンズは、タイル張りの部屋に立っていた。もとは、真っ白であったであろうタイルの色は、黒く薄汚れている。

その黒色が『何』であるかなど、サンズには手に取るようにわかった。解ってしまった。
目の前で手術台に横たわる『彼女』の姿が、悠々とそれを語っているのだ。

その姿は、いつもサンズが見ている姿と、ほとんど同じだった。
真っ白な髪に、血の気がなくなった真っ白な肌。

ただの記憶だというのに、鉄の錆びたような臭いが、サンズの嗅覚を刺激してくる。
ヒューヒューと、風を切るような音を立てながら、虫の息のアリーが必死に呼吸をした。その腹部は、真っ赤な色に染まっている。
手術台から滴り落ちる雫が、床に血溜まりを作っていく──
人間が、どれ程血を失うと死んでしまうのか、サンズにはわからない。
わからないが、少なくとも、死んでいてもおかしくない程の量を、目の前のアリーが流していることは、理解できた。

手足についている鎖が、じゃらりと力なく音を立てた。

悲惨な現場を目の当たりにして、反射的に吐き気を覚えて、その場に踞る。
その時、重い鉄の扉が開かれ髭を生やした壮年の人間が入ってきた。
暗い色をした目で、死にかけているであろうアリーへ冷たい視線を送っている。


『『これ』が、例の個体か』
『ええ、そうです。少々傷はつきましたが、成功したようです』
『随分と損傷が酷そうだが?』
『ご心配には及びません、今はまだ、身体に馴染んでいないので、拒絶反応が出ているのでしょう
 数時間もすれば、もとの状態に戻るかと』
『ふむ……そうか
 しかし、最初に見たときよりも、見た目がだいぶ変わったようだな』
『ストレスには少し弱いようでして……あぁ、大丈夫です、データの進行には、何の影響もございません
 これで、異能を備えた生物を作れれば、奴等との対立に、かなり有利になるでしょう』
『それを聞いて安心した、軍の上は、早くしろとせっついてくるからな。引き続き、進めてくれたまえ』


髭を生やした男と眼鏡をかけた男は、死にかけのアリーには目もくれず、コンピューターを起動させて話を進めていた。

最強の身体、特殊能力の付与、軍事強化、ヒトガタ兵器の作成、無尽蔵のエネルギー生成体──
飛び出す単語は、どれもこれも人知の範疇を超えた、行きすぎた実験内容だった。

サンズは知らず知らずの内に、拳を握って食い縛っていた。ギリッと、食い縛りすぎた歯が音を立てる。
研究者であるサンズは、その会話だけで──否、最初から、彼等がアリーを実験体にしていることは、すぐにわかった。
それが戦争に利用するために行われている、酷く胸くその悪い実験だということも。

成長する度にアリーの魔力が増えていたのは、彼等がなんらかの手段で、アリーの肉体を『改造』していたから。
そして、その改造は、彼女が幼いときから続けられていた。元は真っ黒だった髪が、真っ白に変色するほどに、甚大なストレスをかけられながら。

酷く腹ただしい。
人間とは、かくも汚い生き物なのだろうか。これと自分が、同じような研究者なんて、ヘドが出る。

まるで無機物を見るかのように、アリーを見る目が、生きている人間ではなく、下等なモンスターを見るような目をしている奴等が。
その全てに対して、腸が煮えくり返るようだ。

ふっと、視界が暗転する。それまで聞こえていた声も、電子音も、苦しそうな息遣いさえも、全て消えた。

その代わりに、一台の白い椅子が、ポツリと空間に佇む。その椅子に座っていたのは、言わずもがな、アリーだ。
保持している魔力の量は、既に人間の域を脱していた。器に収まりきらなかったであろう魔力が、辺りに充満している。

白いボロボロのワンピースから覗く肌には、真新しい包帯が巻かれていた。
足枷は嵌められていないものの、その身体は、冷たく黒光りする鉄の帯が、アリーの身体を固定している。
固定されている彼女は、静かに座っていた。目元は、伸びた前髪で隠れているため、閉じているのか開いているのか、わからない

サンズの後ろから、人間が歩いてきた。その人物は、サンズの身体をすり抜けて、椅子に座るアリーの元へ進む
ノイズで塗り潰されたかのように、その人物の顔は真っ黒だった


『ᛋᚨᛚᚣᛖ,ᚴᚢᛁᛞ ᚨᚷᛁᛋ?』(やぁ、ご機嫌いかはがかな?)
『…………』
『ᛏᚢ,ᚩᚠᚠᛁᚳᛁᚾᚨ ᚩᛈᛏᛁᛗᚢᛋ(君は、最高の作品だ)
 ᛏᚨᛗᛖᚾ, ᚾᛁᛗᛁᚢᛗ ᚴᚢᚩᚴᚢᛖ ᛈᛖᚱᚠᛖᚳᛏᚢᛗ.(しかし、あまりに、あまりにも完璧すぎた)
 ᛋᚢᚢᛋ 'ᛗᚨᚷᛁᛋ ᚴᚢᚨᛗ ᛖᛣᛈᛖᚳᛏᚨᛏᚨ(予想以上に、出来すぎてしまった)
 ──ᛏᚢ,ᛖᛋᛏ ᛈᛖᚱᛁᚳᚢᛚᚢᛗ』(君は危険因子なんだ)
『……ᛁᚷᛁᛏᚢᚱ,ᛋᛖᚷᚱᛖᚷᚨᚱᛖ ᛗᛖ?』(故に、私を隔離すると?)
『ᛈᚱᚩᚱᛋᚢᛋ.ᛞᚨᛏᚨ ᚱᛖᚴᚢᛁᚱᚨᛏᚢᚱ, ᚳᚢᛗ ᛁᚨᛗ ᛗᛖᛗᚩᚱᛁᚨᛖ ᛖᛋᛏ. ᛏᚢᚢᛗ』(その通り。充分なデータは、既に録れている)


『だからもう、用済みだ』


ぐったりと、力なく椅子に身体を凭れかけているアリーを、人間の魔力が包み込む

それは、強引に空間をねじ曲げていった
サンズの使うショートカットの比ではない、膨大な魔力
渦を巻くそれは、風を伴いながら、空間を無理矢理に引き裂いていく
激しい風の余波は、サンズにも影響を及ぼした。巻き上がる風から顔を守るように、手で顔を覆い、指の隙間から、僅かにアリーの様子を窺い見る
獣の口のような、切り開いた空間に飲み込まれながら、アリーは人間の方を向いていた
目を隠していた前髪が、風によって巻き上げられる。鮮血のように真っ赤な瞳は、じっと人間を見つめていた
そして───



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