UnderTale

□束の間の夢を見る
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 仄かに草花の香りを感じて、意識が覚醒する。
目をあけてみれば、そこには見慣れたような景色が広がっていた。
仰向けで大の字の姿勢のまま、目だけを動かして景色を観察する。今日の空の色は、淡いパステルグリーン色、と。

 視界のすみに、大きな建物のような影が目についた、全体的に薄黄色をしている。
大樹は見たことがあったが、建物を見たのは初めてだ……と、思ったところで、そういえば最初に来たときは、どこかの建物の内部のようになっていたな、と思い直した。

 サンズは、身体を起き上がらせてググッと伸びをした。青いもったりとしたパーカーの隙間から、抜き身の骨が見え隠れする。
身体をある程度伸ばすと、今度は、何かを確かめるように、自身の身体中をペタペタとまさぐった。


(あー、確かここに……お、あったあった)


 ズボンの横ポケットに手を突っ込み、尻ポケットに手を突っ込み、上着のポケットに手を突っ込み……
内ポケットに手を入れた時、コツと指先に固いものが当たる感覚がした。


(Hmm……やっぱり"こっち"に持ってこれるのか)


 サンズの手には、何てことはない、どこにでもあるようなビー玉が二個、転がっていた。
青い色が混じった透明な玉を、掌で転がす。右へ左へ転がる玉を見ながら、自身が立てた仮説について考えた。

 以前、この空間に来たときに受け取ったアネモネの花。
どうせ持って帰れないだろう、そう思って、手に持ったまま意識を手放したのだが──
次に自分の部屋で目を覚ました時、驚くことに、その時持っていたアネモネが、ベッドの上に転がっていた。(そのアネモネが若干潰れていたのはここだけの話)
が、特殊な環境下にあった物のためか、数時間後には、花は塵となって消えてしまった。


(あれは、時間が経つにつれて、花に含まれる魔力濃度が薄れた結果、塵になったようにも見える……
 となると、魔力を留まらせるカプセルの中なら、保存可能なのか?

 それにしても、こっちからも持ってこれるなんてな。有機、無機の関係はなさそうだ)


 こちらへ来たときの服装が、寝たときの服装そのままでいることには気付いていた。
その時は、自身の存在が、一時的に精神体的なものになっているのだろう。と考えていたのだ。
しかし、よくよく考えてみれば、魔力でできているモンスターの身体は、ある意味精神体のようなもの……
であるならば、一糸纏わぬ姿で放り出されているはずだが、実際には、身に付けている服装と、付属品まで一緒に持ってこれている状態だ。


(これも、時間が経つと消えるのか? いや、純粋な魔力の塊の有機物とは違うしな……)
「随分と綺麗な物を持っているんですね」
「っ!!!???」


 顎に手を当てて、掌のビー玉を見つめながら考え込むサンズのすぐ横から、鈴を転がしたような声が聞こえた。
いつの間にか、彼の横にアリーが立っていた。考え込んでいたとはいえ、全く気配が感じれなかったのには、サンズも驚きを隠せない。


「あ、んた、いつの間にいたんだ」
「さっきからいましたよ?
 何やら、随分と熱心に考え込んでいたので、全然気付いてくれませんでした」
「いやいや、せめて一言声かけるとかをだなぁ」


 片手で顔を覆いながらため息をついたサンズは、アリーの顔が、じっと自身の掌に向けられたままなのに気付く。
目元が隠れているため見えないが、その視線は、拳の中のビー玉に向けられているような気がした。
試しに、ビー玉を持つ手を少し動かしてみる、すると、アリーの顔も、手の動きに合わせて動いた。
上へ、下へ、左へ、右へ……ここまで同じ動きをすれば、いくら目の見えない相手でも、欲しがっているのは容易にわかる。
自身の手に合わせて、同じ動きをするアリーに、ニヤニヤと笑みを浮かべそうになるのを堪えた。


「……やるよ」
「え、いいんですか?」
「そんなに食い入るように見られたらなぁ……やるしかないだろ」
「あら……えへっ、バレてましたか」
「逆に何でバレないと思ったんだ?」


 途端、パァッと子供のような笑顔を浮かべるアリー。
サンズがビー玉を渡すと、嬉しそうに笑って、手元に渡ったビー玉を撫でていた。


(Heh、初対面の時に受けた印象と、だいぶ違うな)


 童心に帰ったかのようなアリーに、初対面の時に感じた、ミステリアスな雰囲気はない。

 サンズは、改めてアリーを観察してみた。

 自分が座っていたり、寝転んでいたりと、見上げる形が多かったせいもあってか、身長は高いイメージがあったが。
こうして見ると、目線の高さは同じくらいか、アリーの方が少し低い
その髪も、肌も、身に付けている服すらも真っ白だ。
その白さは、雪の白さに勝るとも劣らず。純白とは、正に彼女のことを表しているのではないだろうか。

 だからこそ、所々、露出している肌に巻かれるくすんだ色の包帯の存在が、より浮き上がって見えるのだが。


「しかし、あんた、そんなにビー玉が珍しいのか
 そりゃ、ただの硝子の玉だぜ」
「知ってますよ、でも、とても懐かし、くって、つ…い……?」
「? どうした」
「……いいえ、なんでもありません」


 ──一瞬、本当に、ほんの僅かな瞬間だけ、アリーから表情が消えた。
しかし、視線を反らしていたサンズは、無表情になった瞬間を見ていなかった。
不意に言葉を詰まらせたアリーに、サンズが不思議そうな声をあげる。振り返った時には、アリーの表情は笑顔に戻っていた。


「ここでじっとしているのも何ですし、少し移動しましょうか」
「移動するのは構わないけど……いったいどこに行くんだ?」
「向こうにある建物ですよ」
「Hnmm……まぁ、来いって言うなら行くが」


 サンズが"ここ"へ訪れるようになってからだいぶ経つが、建物らしい建物など、最初に訪れたとき以来見ていなかった。
たいていは、自然の風景が広がるばかりで、不思議と人工物の存在はなかったのだ。
来る度来る度、景色が違うという時点で色々とおかしいのだが、人工物がないというのは、妙に気になっていた。


(そもそも、本当にこの空間はなんなんだ?
 魔力が妙に充満している、来る度に景色は変わる、何故かわからないが、景色は基本的に淡い色合い……)
「ほら、サンズさん、行きますよ」
「ヴ!? ちょ、いきなり押すな転ぶ!!」


 グイグイとサンズの背中を押すアリー。いきなりのことで驚いたサンズが、つんのめって転びそうになるまで後、数秒───






















 近付くにつれて、徐々にはっきりと浮き上がる建物の輪郭。レモンに白色を混ぜたような淡い色合いの建物は、どこからどう見ても、一人で住むには大きすぎる。


「……デカいな」
「そうですね、思ったよりも大きくしすぎました」
(大きくしすぎた……?)
「どうぞ、入ってください」


 アリーが扉を開いて見えた景色に、サンズは大きく目を見開いた。
備え付けられている家具も、その配置も、何もかもが『自分の家にそっくり』なのだ。
しかも、不思議なことに、外観の大きさに比べて、中の面積が釣り合っていない。


「これは、いったい……」


 唖然とするサンズは、フラフラとした足取りで部屋の中へ入る。配置されている机に触れると、一瞬だけ輪郭がぼやけた。
しかし、ボヤけただけで、掌にはしっかりと机の固い感覚が伝わってくる。
部屋の真ん中に位置するソファー、その反対側にはテレビもあった。試しに電源のボタンを押してたみたが、流石につかないようだ。
ソファーに触れると、家のものと同じ……いや、若干こちらの方がフカフカしている気がしなくもない。


「とりあえず、色々と聞きたいことがあるんだが」
「まぁ、いきなり自分の家とそっくりな部屋を見せられたら、驚きますよね」


 アリーはソファーに座ると、自身の隣に座るよう、サンズに促した。若干複雑そうな顔をしながらも、サンズは素直に隣に座った。


「さて、どこからどう話せばいいでしょうか」
「そうだな、俺が質問をするから、答えれるものを答えてもらう、ってかたちでいいか?」
「えぇ、疑問は沢山あるでしょう」
「あぁ、おかげさまで頭が痛くなるくらいには」


 恨めしそうな目で見るサンズに、アリーが困ったような笑みを返した。


「まず、何でこの家の中は、俺の家にそっくりなんだ?」
「簡単に言えば、あなたの家を模造した、ということです
 前に、サンズさんの家のことについて話してくれたことは、覚えていますか?」
「あぁ……覚えてるけど」
「その話を元に、この家は作りました
 こんな感じにね」


 アリーが、右手を何も置いていない空間に向けた。
ゆるく握っていた指を、ゆっくりと開く。すると、手を向けた先の空間が、グニャリと歪み──
──次の瞬間、そこには、サンズがよく使うコーヒーカップと、そっくりな物が出現した。


「魔法……いや、長く留めていられているということは、少し違う、か?」
「あなたの使う魔法と、何ら変わりはありません
 これらは全て、ただの魔力の塊にすぎないのですから」
「同じ? いや、ちょっと待て、そういえばさっき"大きくし過ぎた"って言ってたよな
 この家自体、あんたが作ったってことか?」


 もしそれが本当であれば、彼女の魔力量は、アズゴア王すら凌ぐものと言える。

 確かに、モンスターは魔法を使えるし、魔力で物質を構成することができる。
しかし、大抵のモンスターはソウルが弱いため、長時間、短時間に大量の魔力を使えない。
というよりも、使ってはいない。魔力が枯渇してしまえば、存在維持のシステムが崩れてしまい、消滅してしまうからだ。

 魔力枯渇時、疲労困憊で倒れるだけの人間と違って、モンスターの魔力枯渇は、命に関わる。


(そもそも、こんなに大がかりな物を構成したのなら、疲れが溜まっていてもおかしくはない
 アリーがモンスターなら、存在の維持が危ぶまれる程だぞ……いったい、どこで補充しているんだ?)
「……驚くのも、無理はないですね」


 アリーがスッと手を動かすと、構成されたコーヒーカップが消え去る。カップを構成していた魔力は、瞬く間に飛散して空間に溶けた。


「あなたは、この空間が膨大な魔力で満たされていることには気づいていますね」
「あぁ、ずっと不思議だったんだ、こんな、無尽蔵に涌き出てるような……」
「この閉ざされた場所には、あなたたちの世界でいう『コア』のようなものもない
 なら、どうやって魔力が満たされているのか、とても不思議で仕方がなかったでしょう」


「そうですね……少しだけ"見せ"ましょうか」


 パチンと、アリーが両手を叩きつけるように軽く合わせた。
その瞬間、周りの景色がセピア色に染まっていき……

 気付けば、サンズの目の前には、真っ暗な空間で、一人の子供が座り込んでいた。



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