UnderTale

□束の間の夢を見る
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 『それ』が発見されたのは、比較的最近のことだ。

 研究者達は、結界を解くために、ソウルに関する調査を長いこと行っていた。
ニンゲンの張った結界は、ニンゲンの強い『soul』の力により施されていた、ならば、それを解除できるのも、強い『soul』でのみ行われる。
だが、それを人工的に構築することは、残念なことに不可能と言わざるをえない。
ソウルの力は、生命体からのみ抽出できるのだ。しかし、地下世界にニンゲンはいない。

 それならば、他のもので代用するしかないだろう。そう、モンスターのソウルだ。
ここで問題が発生する
生きているモンスターのソウルを、ただ単に『具現化』することは容易い、だが『抽出』となると、話は別だ。
そもそも、モンスターの身体は、ソウルが造る魔力で構築されている。ソウルを抽出してしまえば、モンスターの身体はたちどころに塵となり、ソウルも消滅してしまうだろう。

 どうしたものか、と、研究者達は頭を抱えた。どうやったとしても、ニンゲンの強いソウルに、モンスターのソウルが勝ることができない。
つまり、現段階では結界を破ることなど、夢のまた夢なのだ。

 そんな中、ガスターは諦めずニンゲンのソウルについて調査を続けていた。
その時、設計図を元に作られた、とある装置を使って、彼はニンゲンのソウルから『それ』の抽出に成功したのだ。
死後も残留できる、ニンゲンのソウルの力の源と推測されている『それ』。
『それ』は、生きようとする強い意志。理不尽な運命に抗い、新たな道を切り開こうとする強い心。
──決意【Determination】
この発見は、実に大きな成果をもたらした。
ニンゲンのソウルが長く残留できるのも、この『決意』の力があるからとされている、ならば、モンスターのソウルにそれが宿れば、彼らのソウルも長く残留できるに違いない。


(だが、ガスターの研究心は、それだけに留まっていない)


 あの金鳳花を見つめるガスターの視線は、単なる珍しいものへ対するだけのものではない。
それはきっと、今のサンズが考えていることと、同じことだろう。

 『決意』は、言わば『生きたい』と強く願う意志の表れだ。
モンスターも、ニンゲンと同じようにソウルを持つ存在、それに『決意』を適合させれば、『生きる意志を持つ強いソウルが生まれる』と予想はできる。


(なら、ソウルのない器に『生きる意志』を与えたら、どうなる?)


 サンズが思い至ったものは、ガスターならば容易に考えているだろう。幸か不幸か、それに適任である実験台は、既に見つかっている。

 アズリエル王子の塵を取り込んで育った、異端の金鳳花。
塵はただの塵、他のモンスターが取り込んだところで、何の効果もないのは立証済みだ。
だが、一つだけ気掛かりな伝承がある。
モンスターが死んで塵となった時、その塵を、モンスターの"好きだった物"に振りまくと、そのモンスターの本質が、振りまいた遺品の中に生き続ける。というものだ。
無論、それの真偽は火を見るより明らかだ、しかし、古い文献には、こうも記されていた。

 ──『soul』を持たないものに塵を振りかけた時、死んだモンスターの魔力を、遺品から感じとることができた。

 その時の遺品が何であったかは記されておらず、それ以上のことは解らずじまいだが。
これが本当であれば、花から、花独自の魔力ではない、アズリエル王子のものと思わしき魔力を感じれたことにも、納得がいく。


(ソウルレスの状態で動く器、か
 『生きたいという意志』だけが先行して動いているなら、動く屍となんら変わりはないが……
 何にせよ、実験を始めないことにはわからないな)


 明日にでも、ガスターは実験を始めるだろう。
共同の研究室で凪いでいたサンズは、淹れたコーヒーを飲みながら、明日から始まるであろう実験について考える。

 ふと、砂糖が補充されていたのを思い出し、2つほどコーヒーに入れた。ぬるめのコーヒーに溶けた砂糖が、程よい甘さをもたらした。


(ここ数十年の間に、ニンゲンのソウルは三つほど確保されている。
 しばらくの間『決意』が不足することはないだろうが……)


 しかし……と、顎に手を当てて考える。

 『決意』の要素が、どれ程ニンゲンのソウルに内包されているかは不明だ。
それが『生きたい』と願う強い意志そのものなら、抽出し過ぎるとニンゲンのソウルが消失する可能性がある。と、サンズもガスターも考えている。
ニンゲンのソウルを崩さずに保つのに、相当なエネルギーがかかっているのは間違いない。
それを、生きたいという意志一つで補っているのだ。
ニンゲンが生きているなら、その意志は絶え間なく生産され続けるだろうが、彼らは既に死に、ソウルのみの存在となっている。
無論、ソウルが残るということは、心が残っていることにはなるが……。


(となると、『決意』が枯渇することはない……?
 いや、仮にそうだとしても、ソウルだけでは『決意』を内包できる量は、たかが知れてる)


 紙に仮説を書き上げながら、ガスターの実験に平行して、自身が行う実験の具体的な内容をまとめる。

 現在、保管されているニンゲンのソウルは三つ。
数に余裕はあるとは言え、どれ程の『決意』が残されているのか不明な今、貴重なサンプルが無闇に失われるのは許されない。
ペンを持つ手が軽く震えた。もし万が一にも失敗してしまえば……。
そこまで考えたサンズは、ネガティブな考えを振り払うように目を閉じて、飲みかけのコーヒーを飲み干す。
底に溜まった砂糖の甘さに、少しだけ胸焼けがした。






















 おかしい、視界が明るい。
目を閉じているずなのに、妙に明るく感じる。部屋の電気は消して寝ていたはずだ。

 そこまで考えたサンズは、がばりと勢いよく起き上がった。動いたときの風圧に合わせて、地面から伸びている草が、ゆらゆらと揺れる。


(いや、草にしては、妙に紫がかっているような……──?)


 唖然とするサンズの視界には、濃淡様々な紫色の花畑が広がっていた。
ふわりふわりと、風もないのに緩やかに凪いでいる紫色の花。先程まで感じなかった花の香りが、辺りに充満している。
サンズは立ち上がると、自分の身体を見下ろした。寝た時と同じ格好をしているため、彼の素足には、踏みしめる草の感覚が伝わっている。

 今回も、随分と明るく色づいているんだな。きょろきょろと周りを見回しながら、例の彼女の姿を探す。
しかし、探せど探せど、アリーの姿はおろか、ついこの間見た大樹すら見当たらない。
見渡す限りの紫畑。地の果てまで続いてそうな花畑と、妙に真っ白な空の色に、なんとなく目眩を感じた。白とパステル紫だけの視界は、目に優しくない。


「見渡す限り、花、花、花だな。この花はいったい何て花なんだ?」
「それは『アネモネ』って言うんですよ、サンズさん」
「ヴ!?」


 気配も、音もなく現れたその存在に、サンズは大袈裟なくらい身体を揺らした。蛙が潰れたような鈍い声をあげながら、背後を振り返る。
そこには、可笑しそうに肩を揺らして笑うアリーの姿があった。
相変わらず、露出している肌には、包帯が巻かれている。


「いきなり現れないでくれ、心臓が飛び出るかと思った」
「あらあら、それは"トン"でもなく大変な事態ですね」
「……スケル"トン"なだけに?」
「スケル"トン"なだけに! ふふふっ」


 まさかアリーがジョークを言うと思っていなかったのか、サンズは呆れたような表情をした。
しかし、引き締められている口許とは裏腹に、肩が若干震えている。どうやら、笑うのを必死に堪えているようだ。


「あ、あんたがまさか、そんなジ、ジョークを言うとは、お、思わなかった、ぞ」
「これでも、言葉遊びは好きなんですよ
 サンズさんもあるんじゃないですか? 下らないことを考えて"ボーン"としたり!」
「ブフッ!!」


*ツクテーンと、ドラムの音が遠くで響いた

 耐えきれなくなったのか、とうとうサンズは、ガタガタと骨を揺らしながら笑った。仏頂面気味な口許は、笑いすぎてひきつっている。


「あんた、さいっこうだな!!」


 ガタガタ、ケラケラと、大口を開けながら笑う。笑いすぎたのか、目尻に涙が溜まっていた。
こんなに笑うなんて、いつぶりだろう。目尻の雫を拭いながら、サンズはどこかスッキリとした気持ちでいた。

 ガスターが『決意』を発見するまでは、研究内容が中々進まず、足踏みを繰り返していた。
積もりに積もった焦りの感情が、笑うという行為を阻害していたのだろう。大口を開けて笑うということは、最近、ずっとしていなかったことを思い出す。


(そういえば、パピルスが時々心配そうな顔をしてたな
 Heh、弟に心配かけるなんて、ダメな兄だぜ……)
「どうやら、少しは気が晴れたようですね」
「Ahー……なんだ、もしかして、俺はあんたに心配されてたのか」
「心配……そうですね、心配していました
 こんな辺鄙な所に来る人なんて、貴重ですもの」
「俺は珍獣か何かか」
「私からすれば、珍獣に変わりはないですね
 ここに来る稀有な人、という意味ですよ?」


 人差し指を唇に当てながら、悪戯げに笑う姿は年相応の娘に見えるのに。
子供っぽい姿が、どこか儚げに見えてしまうのは、妙に真っ白な肌色をしているせいだろうか。
無邪気な笑みを浮かべる姿は幼子のように、しかし、纏う雰囲気は成熟した女性のようで──
ちぐはぐな雰囲気に、思わず呑まれそうになる。


「それにしても、随分と久しぶりですね」
「そうか? 確かに、数日間ここには来なかったけど、そんなに長い時間じゃないだろう」
「サンズさんにとっては、あっという間かもしれませんね
 ここには誰もいませんから、一人だと、時の流れがゆっくりに感じるものですよ」


 ふんわりと笑ったアリーは、咲き誇るアネモネの花を一輪手に取った。
淡い紫色の花弁を持つアネモネから、甘い香りがふわりと漂う。


「変わった花だな、地下では見たことがない
 似たような見た目の黄色の花なら、見たことはあるんだが……アネモネ、っていったか」
「ええ、そうです
 地下には金鳳花という、黄色の花が沢山あるんでしたね。このアネモネも、その金鳳花の仲間なんですよ」
「へぇ、確かに似ているとは思ったが……」


 アリーの持つアネモネに触れようと、サンズが右手をスッと伸ばした。
あと少しで茎に触れる──そう思った時、その手を避けるかのように、アリーの手がサンズから離れた。


「? おい、何で遠ざけるんだ」
「ご存じないのですね
 アネモネは、草全体に毒を持っているんです。切れ目から出ている汁に触れると、肌が爛れてしまいます
 綺麗な花に毒は付き物なんですよ」


 少しだけ寂しそうな笑みを浮かべながら、アリーがアネモネの花を抱える。


「けど、あんたの肌は、なんともなってないじゃないか」
「私の身体は少し特殊なので、毒なんてへっちゃらなんですよ」
「Hmm、それなら俺だって大丈夫だろう、スケルトンには爛れる肌なんてないからな
 何故かって? そりゃ身体が"スケスケ"だからさ」


 片手を腰に当てたサンズは、得意気に笑いながら言い放った。ツクテーンと、二人から離れたところでドラムの音が響く。
一瞬、きょとんとした顔をしたアリーは、次の瞬間クスリと笑みを浮かべた。


「ふっ、ふふふっ! これは、一本取られましたね」
「Heh、あんたが何を気にしてるのか知らないけど、俺なら大丈夫だから心配するな。
 ちょっとした毒に触ったところで、どうにかなるほど柔な骨じゃないんでね」


 そう言って差し出される手に、少し困ったように笑ったものの、彼女の手にあったアネモネは、今度は素直にサンズの手に渡された。
アネモネの草の汁が、サンズの手に触れる。チリっとした熱を感じたが、特に痛みもなく、アネモネの花は彼の手に収まった。



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