UnderTale

□束の間の夢を見る
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 アリーと2回目の邂逅を果たしてから、数日が経った。
サンズはあの日以来、例の空間に行けていなかった。興味を持った途端にこれである。
ついでに言えば、ガスターに頼んだ砂糖の補充もされていないため、毎日、苦いコーヒーを飲んでは顔を顰めていた。


(ミルクを入れてるものの、やっぱ苦いな)


 『甘党』と言うと語弊があるが、研究者は総じて、甘い物を好む傾向が強い。
何故そうなのかはわからないが、甘い物には気分をリラックスさせる効果があると、昔から言われていた。
迷信の類いに違いはないのだが、気づけばサンズも、甘い物に手を出しがちだ。
正確にはわからないが、ケチャップの次に多く取り込んでいると思われる。


(研究は中々進まない、例の空間にも行けない、おまけに砂糖切れときたもんだ)


 ソウルに関する文献の載っている本を読みながら、頭を抱える。
研究は一進一退だ、すぐに結果が出ないのは解りきってはいるが、進みが遅すぎるのは、かなりもどかしい。

 だからこそ、結果に行き着いたときの達成感は、忘れ難い感動を覚えるのだが。


(はぁ、息抜きでもしよう)
「たしか、ニューホームで品種改良した食品の栽培が始まってたな……買い物ついでに見に行くか」


 中々手の進まない作業に疲れたサンズは、品種改良に関する資料集と、財布を入れた鞄を肩に引っ提げた。
さて行こうか。サンズが部屋から出ようとしたところで、タイミングよく扉が開かれる。後数歩進んでいたら、顔面と扉がコンニチワをしていたところだ。


「良かった、サンズィまだいたね!」
「こっちは後少しで、扉とキッスするところだったけどな。頼むからノックしてくれ」
「あぁ、それは少し惜しいことをしたかな……って、嘘嘘、冗談だからその骨は仕舞ってくれないかな!?」
「Heh、ちょっとしたジョークさジョーク、本気で飛ばそうとは思ってないぜ」
(若干目が本気だったよね!!??)


 サンズが、片目を青く光らせながら骨を構えたことに慌てた研究員は、冷や汗を流しながら制止する。目が半分本気だった。
眼窩を真っ黒にさせながら笑うサンズに若干怯えつつも、研究員は話を続けた。


「ガスター博士が、ニューホームの温室に来てほしいって言ってたよ
 少し手伝ってほしいことがあるんだとさ」
「温室?なんだってまた……
 Hmm、解った、すぐ向かうとするよ」
「はいよ、んじゃ後よろしくねー」


 伝言を伝えるだけ伝えた研究員は、ひらひらと手を振ると、廊下の奥へ消えていった。


(温室……温室ねぇ
 そういえば、最近ガスターが黄色の花を育ててたな
 趣味で花を育てるような人ではないし、何かの実験でも始めたか?
 ……ま、行ってみればわかるか。買い物はまた今度にしよう)


 財布を机の上に投げ置き、品種改良関係の資料だけを持ったサンズは、今度こそ部屋から出ると、自室に鍵をかけた。

 研究室は、ホットランドの『ラボ』にある共通のものと『コア』内部に組み込まれている個人のものと分かれている。
どちらにしろ、ニューホームから離れたホットランドにいることに変わりはない。
近道を使うか。移動手段であるショートカットを使うため、壁に手をかざすが、しかし、なにかに阻害されるかのような違和感を感じ、上手く入り口が作れなかった。
妙だな。と首を傾げて暫く考え込んだ後、『コア』では、ショートカット能力の使用が不可だったことを思い出す。

 『コア』内部には、特殊な術式が組み込まれている。普段通りの魔力の使用には問題はないのだが、空間を歪ませるワープなどの類いは『コア』へ何かしら干渉する可能性があるため、それらの使用ができないよにされているのだ。
マグマの熱を利用して、魔力を精製するコアは、文字どおり地下世界の『核』だ。
万が一、何かの影響で機能が停止してしまわないよう考慮した結果、そのような安全対策が施された。
それならば、魔力自体を使えなくすればよいのではないか。という極論もあった。だが、そうなってしまうと、精製した魔力が、コア内を循環することを妨げてしまう。
魔力の供給は、必ずコアを通して行われる。全ての魔力を遮断すると、そもそも、魔力供給が行われなくなるという本末転倒な事態になってしまう。
そのため『空間に干渉しようとする能力の使用』という、限定的な制限に留まった。
日常の移動をショートカットで済ませているサンズにとっては、嬉しくない制限だ。


「Hmm……運動しろってことかねぇ………」


 ツカツカと、機械的なコアの廊下を進みながら、サンズはぼやいた。
そういえば、つい最近パピルスに「兄ちゃんはもう少し運動した方がいい」と言われたな。と、若干ジト目で見つめてくる弟の姿を思い出しながら、苦笑いを浮かべた。
あの時のパピルスの視線は、お腹を向いていた、とサンズは思っている。
実際は、ずんぐりむっくりとしたパーカーを着ているため、太っているように見えるだけなのだが。


(スケルトンに肉なんてないしな
 ま、骨太りならするかもしれないけど。スケルトンなだけに)


*誰もいないコアの廊下に、ツクテーンと、ドラムの幻聴が響いた


(そもそも、何でガスターは電話を使わないんだ。必要になるだろうとか言って渡してきたのに、結局使わないんじゃ意味がないだろう
 ……電話の存在を忘れてるわけじゃないよな?)


 ありえそうだ、と。研究に没頭し過ぎて、電話の存在を忘れているガスターを想像したのか、口元に苦笑いが浮かぶ。
そう言う本人も、よく電話の存在を忘れがちになるのだが、それを指摘する人物は、残念ながらこの場にはいなかった。

閑話休題。

 サンズは、今後の予定を考えながら、コア内部を進んでいく。時折、鼻につく刺激臭に顔を顰めながら。

 独特な刺激臭が充満する渡り廊下の、そのはるか下では、魔力由来の電力抽出の際に生産される『オゾン』が溜まっている。
残留が一時的とは言え、オゾンの腐食性は強い。そのため、コアの構築に使用されるのは、ステンレスやチタンなどの金属が主だ。

 ちなみに、壁や床が鮮やかな青色なのは、単なるガスターの趣味らしい。何気ない雑談程度に聞いたところ「その方が近代的っぽくてカッコいいだろう?」と、ウィンクをしながら、茶目っ気たっぷりに笑っていた。
おっさんのお茶目姿とか誰得なんだ。
その時のガスターを思い出したのか、サンズの目が一瞬遠くなる。神出鬼没で自由な上司を持つのは大変だ。


(ここをこうして……これでいけるか)


 ピュンと音を立てながら、矢印から放たれた黄色の玉が、余分なブロックを破壊する。もう一度玉を放って奥にある矢印に当てると、どこかでカチリと音がした。
コアのパズルは、他のパズルと一風変わっており、シューティングゲームの要領で遊ぶようにして解くものになっている。
これも、ガスターの余計な遊び心の1つだろう。

 そうして、セキュリティ用のパズルを解きつつ、道の途中、かなり広いステージ舞台のような部屋を通り過ぎれば、ニューホームに繋がるエレベーターはすぐそこだ。
コアとニューホームを繋いでいるだけのため、エレベーターには上へ昇るか、下へ降りるかのボタンしかない。「上」と書かれたボタンを押し、エレベーターが動き出すと、サンズは目を閉じてニューホームへ到着するのを待った。

 コアからは離れたが、制限術式の範囲は広いため、ニューホームに着くまではショートカットを使うことは出来ない。
使い勝手がいいために、能力が使えないのは酷くもどかしい。


(……魔力が使えなかったら、今頃俺たちはどうなっていたんだろうな)


 モンスターは、生まれたときから魔法が使える。それらは、誕生日にちょっとしたサプライズをしたり、お互いの得意魔法を自慢したり、魔法を使ってちょっとした遊びをしたりと、誰かを喜ばせたり、楽しませたりするのに使うことがほとんどだ。
平和主義で争いを好まず、ちょっと過激な悪戯はしたりするものの、他者への殺意は皆無に等しい。

 だが、モンスターが魔法を使えるのに対し、魔法を扱えるニンゲンは圧倒的に少ない。
ニンゲンにとって『魔法』という未知の力を扱うモンスターは、それだけで驚異だったのだ。
例え、モンスターに戦う意思がないのだとしても、不気味な見た目の者は、それだけでも畏れを抱かれ、蔑まされた。


(Heh、それを考えると、魔法が使えなかったとしても、あまり変わらないか
 たが、少なくとも今も地上で生きてたかも……なんてな)


 チーンと音を立てて、エレベーターが到着する。胸に燻る黒い考えを振り払いながら、ニューホームへと足を踏み入れた。
コアの術式の範囲からは逸れており、能力も使えるようになっていたため、ショートカットを使ってガスターの元へ向かう。
サンズの視界が一瞬だけ歪み、次の瞬間には、目の前で花を調べているガスターの姿が映った。


「あぁ、来たね、サンズくん」
「遅くなりました」
「いやいいよ、今日はコア研究室にいたんだね」
「えぇ、まぁ。一人で調べたいことがあったんで
 ところでガスター博士、何でわざわざ携帯を使わなかったんですか?あれならすぐに俺のことを呼べたでしょう」
「……サンズくんって、たまに抜けているよね。コアには、外部からの携帯の電波が乱されてしまうこと、忘れたかい?」
「……」


 「ヴ」と鈍い唸り声を発したサンズは、そういえばそんなこと、言ってたような言ってなかったような……と、視線を泳がせた。

 何かを任せれば、大抵のことをほぼ完璧にこなすサンズだが、時たまこうして抜けた面も見せてくる。
冷静沈着、真面目で冗談が通じない、と、誤解されがちだが、誰しもギャップというものがあるのだ。


(これも他の面子が知っていれば、もっと気軽に話せる子だと、解ると思うんだけどなぁー)


 視線が泳ぐサンズを目の前にして、ガスターは目を閉じて、少し困ったように笑った。
まったくもって、真面目な弟子を持つと苦労する。こうしてガスターが、周りの研究者とサンズとの間に、見えない壁があることを心配しているなど、目の前のスケルトンは気付いていないだろう。


「それで、博士は今何をしているんですか
 俺には、あんたがアズゴア王の趣味を真似しているように見えるんですがね」
「ちょ、意地悪だなぁサンズ君は。きみなら私が、ただの趣味で花を育てるようなモンスターじゃないこと、解りきっているだろう」
「Heh、まぁそうですがね。万が一ってこともあるかと」
「心外だなぁ、まったく……」


 しゃがんでいたガスターは、膝についた土埃と花弁を払いながら立ち上がった。そこでサンズは、はじめてガスターの腕が若干溶けていることに気付く。
一見すると、汗をかいているようにしか見えないのだが、肌の上に浮かぶ雫の色は、明らかに彼の肌の色と同じだ。
唖然とするサンズに気づいていないのか、ガスターは、その声色を喜色に染めながら、サンズへ語りかけた。


「この花をごらん、サンズくん。
 これは、例の遺跡から取り寄せた金鳳花なんだけど、少し、周りの花と違うんだ」
「……? これは、他の花と違う魔力が……?」
「そう、この花は、他の金鳳花とは少し変わっていてね。
 ──きみなら、なんとなくわかるんじゃないかな」
「っ!まさか……」
「うん、そのまさか、さ」


 ガスターがサンズに見せた金鳳花は、明らかに他のものと違っていた。

 地下に生えている金鳳花は、花序よりも花弁の方が大きく、花自体のサイズはそれほど大きくない。
だが、ガスターが調べていた金鳳花は、他のものよりも、圧倒的に花のサイズが大きい。
花弁と花序のサイズも通常のものと逆で、花序が大きく、花弁は小さめになっている。
加えて、花自体の持つ魔力だ。地下世界で自生する植物や、モンスターが育てた植物は、少なからず魔力を持っている。
が、それは、モンスターの比にならないくらいの微々たる程度しかない。
だというのに、この花は、他の植物よりも、はるかに魔力の量が多いのだ。


「あの場所で亡くなった、アズリエル王子が原因、ですか」
「うん、私はそうだと確信しているよ
 アズリエル王子が塵になった場所。そして、この花が生えていた場所は、ちょうど王子が倒れた所と一致する

 ニンゲンの遺体は棺に入れられたけど、王子の身体は塵になっていたから、全てを回収できていない
 じゃあ、残った塵は、いったいどこに行ったと思う?」
「──この花が、取り込んだと……?」


 風もないはずなのに、ガスターとサンズの足元に咲き誇る金鳳花が、ゆらりと小さく揺らぐ。
サンズの言葉に、満足そうな表情で、ガスターが笑みを浮かべた。



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