UnderTale

□束の間の夢を見る
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 その日、仕事は常に集中して取り組んでいるサンズにしては、珍しく集中できていなかった。
こっくりこっくりと、今にも頭を机にぶつけるのではないかという勢いで、意識が船を漕いでいる。
気のせいか、スケルトンだというのに、彼の目の下には、隈ができているようにも見える。

──knock
──knock

 研究室の扉をノックする音がする。が、うつらうつらと、夢の世界に旅立ちかけているサンズは、それに気付かない。
ノックをした人物は、返事をしないサンズに痺れを切らしたようで
彼が反応をする前に、研究室の扉が開かれた。


「サンズ君?」
「……」
「おーい、サンズくーん。居眠りはいけないぞー」
「んぁ? Ahー……ガスター博士ですか」
「おはようサンズ君、随分と眠そうだね」
「あぁ……まぁ、少しばかり」
「きみにしては珍しいね。どんなに眠くても、研究バカと言われるくらい集中する、きみが」


 まるで珍獣でも見るかのような目をしながら、ガスターは「明日は骨でも降るのかな」と、冗談とも本気ともとれないことをぼやいた。
さりげなく酷いことを言われたのだが、当の本人は、俄然、ボーッと寝ぼけたような様子で、無表情にガスターを見つめていた。
……いや、これは自身ではなく、その向こうに見える壁に目がいっているようだ。
目の焦点があっていないサンズに、ガスターは軽くため息をついた 。師である自分を目の前にしても、この様である。
これは、かなり重症だ。


(他の研究者から様子がおかしいとは聞いていたけど、まさか、これ程までとはね……)


 研究熱心なサンズは、研究者の間でも評判が良い。本人は、周りに好かれていないと思っているようだが、実際はその逆なのだ
ただ、いかんせん、熱心になりすぎてしまい、常に表情が『無』のため、近寄りがたいイメージがついてしまっている。
それを上回る好評価がついているのだから、もっと自信を持ってくれてもいいのだが……。


(きっと、熱心になりすぎて疲れてしまったのだろうね)


 ガスターは、寝ぼけ目のサンズの肩を叩いて意識を軽く覚まさせると、持ってきていたコーヒーを彼へ差し出した。
芳醇な香りが、サンズの嗅覚を刺激する。
未だボーッとしてはいるが、差し出されたコーヒーを受け取る手は、しっかりとカップを持っていた。


「酷く眠そうだと聞いたから、コーヒーを持ってきておいたんだ
 少し、休憩するといい」
「あー、すみません、わざわざ持ってきてもらうなんて……」
「なに、仕事熱心な部下を労るのも、上司の務めさ
 じゃ、私は自室に戻るとしよう。君はしっかりと休憩を取るんだよ」
「そんな念入りに言われなくとも……解りましたよ、少し休みます」


 その返答に、満足気な笑みを溢したガスターは、ヒラヒラと手を振ってサンズの研究室から出ていった。
残されたサンズは、渡されたコーヒーを見下ろした。ゆらゆらと揺れる茶色の水面に、光のない眼窩が映し出される。
随分と酷い顔だ。Heh、と一人で笑ったサンズは、昨日のことを……否、昨日話したアリーと、例の空間のことを思い出した。

 思い出しながらコーヒーに口をつける。苦い。砂糖が入っていないコーヒーの苦さに、思わず顔を顰めた。


(しかも何か味が変だな……いや、いつものことか)


 こんなにも研究に集中できていないのは、ひとえに、彼女──アリーのせいだと言っても過言ではない。

 あの空間のことを『現実ではない。夢のようなものという認識は、あながち間違ってはいない』と、アリーは言っていた。
その言葉を鵜呑みにするのなら、たとえあの空間で、慣れていないコミュニケーションに疲れたとしても、現実の自分に反映されることはないはずだ。
そう思ったため、昨夜は随分長く話し込んだ。どれくらい話していたのかはわからないが、少なくとも、現実でやっていれば、間違いなく徹夜コースだろう。
 しかし、どうしたことか、目が覚めたサンズの身体をダルさと眠気が襲ったのだ。
しっかりと睡眠は5時間取れているはずだ、なのに眠気を感じるということは、あの空間での出来事は、やはりひと括りに『夢』とは言えないのだろう。
無気力症候群にでも陥ったかのように、やる気が続かない。気力という気力が、昨日の空間にまるごと吸い込まれたかのようだ。


(気疲れ……だけでは済まされないぞ、これ……)


 残念なことに、サンズの研究室には、横になれる物というとソファーしかない。
ソファーは固く、骨がバキバキになるため、彼は横になることを好んでいなかった。が、こうも眠気が酷いと仕事にならない。
サンズは、抗菌されたスリッパを脱ぎ、ソファーに横になると、簡易枕としても使えるクッションを頭に敷いて、目を閉じた。
寝たらまた、あの空間に入ってしまうのではないか? そんな考えは、この時の彼にはなかった。


(あー……『soul』についての研究資料、後で読まないと、な……)


 横になったことにより、耐えていた眠気が一気に増長したのか、辛うじて保っていた意識は、すぐに睡魔へと落ちていった。
それは、夢すら見ないほど、深く、深く──























 フッと意識が浮上する。今は何時だろうか。
起き上がろうとして、全身がばっきばきに固まっていることに気付いた。やはりソファーでの寝心地は最悪だ。
両手を使って、ゆっくりと身体を起き上がらせる。身体を解そうとして軽く動かすだけでも、あちこちから、ギシギシと骨が軋む音がした。
横目で時計を見てみれば、長針は『1』を指していた。寝る前は、まだ昼にもなっていなかったはず、ということは、少し長い時間寝ていたようだ。
 軽くストレッチをして身体を伸ばすため、ググッと力を入れて一気に脱力させた。
身体がバキバキにはなったものの、寝る前と比べると、身体も頭も軽い。


(まぁ詰まってる脳みそがないし、なんてな)


*どこかでドラムのような音が聞こえた。ツクテーン

 冗談も程々に、飲み残ていたコーヒーのカップを持ちながら、机の上に放置していた研究レポートを手に取る。
紙一面にびっしりと埋め尽くされた文字の羅列、それらは全て『soul』に関する研究内容だ。

 ソウルは『愛』『慈悲』『思いやり』など、ポジティブな感情で造られていると言われているが、研究の結果、ソウルは『心』であり『身体』でもあり『命』と言えることが解った。
モンスターは、ソウルによって存在が造られている。もっと詳しく言うと、ソウルから造り出される『魔力』によって身体が造られており、それを動かしている核が『soul』だ。

 モンスターの身体は、純粋な『魔力』の塊だ、それはつまり、ソウル自身が生み出す『魔力』によって『soul』は内包されていることになる。
ソウル=心でもあるため、『魔力』で造られる身体の強さは、当人の感情が大きく影響を及ぼす。
心が弱っていれば身体が弱り、軽く殴られただけでも重症になる。万が一心が死んでしまえば、最悪の場合、身体が消滅してしまうだろう。


(事実、アズゴア王は消えかけてたし、な
 公にはできないから、伏せられているが)


 こうして考えてみると、『心』さえ死ななければ、『身体』さえ傷付けられなければ、モンスターは死なないようにも聞こえる。
だが、それらの要素は全て『=(イコール)』で繋がっている。それらの要素が揃って、はじめて『モンスター』という存在が成り立つのだ。
どれか一つでも欠けてしまえば、存在維持のためのバランスが崩れてしまい、彼等は塵となってしまうだろう。

 存在構成の理論で考えれば、モンスターの身体は酷く脆い。否、身体というよりも、ソウル自体が脆い。
ソウルを内包する器が無くなった時点で、ソウル自体が存在することが困難になる。
そのため、モンスターが死ぬと、その身体はソウルと共に塵と化す。
強い意思のあるモンスターであれば、僅かな間、ソウルのみでも存在が守られるが、そう長くは持たない。

 今、サンズを含める研究者達は、そんなモンスターの存在構成の理論を覆すような研究を進めている。
その研究というのは、死後も、モンスターのソウルが残留できるようにすることだ。

 ソウルが残留できるということは、ソウル自体の力が強いことを表している。この研究が成功すれば、強い力を持つモンスターが生まれるかもしれないのだ。
本来、モンスターは争いを好まないため、そのような研究は不要なものだが……
地下に張られたバリア──モンスター達を封印している結界を破るためには、必要不可欠な研究だ。
ソウルの研究は、頭が可笑しくなるほど長い間続けられている。今までに、どれくらいの研究者が発狂しかけたことか……


(Heh、ガスターにしごかれてなけりゃ、とっくの昔に俺も発狂してそうだな
 にしてもこれ、誰が書いたんだ?所々話が飛んでって、情報が飛散してるぞ……
 こういう書き方は、読んで整理するのが大変なんだがなぁ)


 レポート内容を追っているサンズは、掲載されている膨大な情報量に、目尻が痛んだ気がした。

 モンスターのソウルの仕組みが解明されたのは、比較的最近のことだ。しかも、すべてが解明されたとは言い難い。
レポートにまとめてる途中で、未解明の部分が明らかになったりというのも、多々ある。
その際、書き直しはしてもらっているが、途中から書き足す者が多いため、いきなり話が飛躍していることもあるのだ。
取りつかれたように文章を書き殴る気持ちは、サンズ自身にも経験があるため、解らなくもない。
解らなくもないのだが……読み手に優しくないレポートだ。


(そういえば、あいつ─アリーにソウルはあるのか?)


 生きている存在であれば、必ずソウルは存在する。彼女がモンスターであれニンゲンであれ、それは変わらない事実だ。
だが、あそこは現実でも、夢とも言い難い空間だ。存在しているかすら曖昧な空間で、同じく『存在している』と定義してよいのかわからない者。
コミュニケーションを取れるということは『心』はある、ならば『soul』があってもおかしくはないが、だが、彼女に『命』があるのかどうか。


(仮になかったとしたら、コミュニケーションが取れるのは不思議だ
 意思疏通ができるのは『心』のある者。少なくとも彼女は、視覚的には『身体』も有しているが……)


 そこまで考えて、ズキズキと頭蓋骨が痛んだ。ソウルに関して考察するのは、酷く頭が疲れる。

 大きく息を吐いたサンズは、眺めていた資料を机の上に戻し、机の棚を漁った。
見つけた紙とペンを取り出すと、椅子に座って文章を書き込む。
ソウルのことも交えた、アリーに関する考察のまとめだ。
実験をしているわけではないため、書いたレポートをガスターに提出するつもりはない。
だが、不可解なアリーという存在について、個人的な興味がある
あくまで個人的な興味だ。


(だが、もしかしたら……)


 彼女の存在が、ソウルの研究に一役買うかもしれない。なんていう淡い期待を抱きかけて、頭を振る。
机上の空論もいいところだ。アリーの存在が立証できなければ、そんなものは夢のまた夢。
サンズだけが体験した現象を、いったい誰が信じるだろう。

 ガスターあたりは信じてくれるかもしれないが。


(あの空間は、不思議な程『魔力』に満ちていた
 だが、それは俺に干渉はしてないだろうな。それなら、妙な疲労感が残るのも頷ける
 魔力を取り込んでいれば、あの程度の疲労感はなかったはずだ)


 身体を保つのに、魔力は常に放出されている。常時消費される魔力は、補わなければ身体に酷い疲労感と倦怠感を伴うのだ。
アリーのいた空間は、何故か膨大な魔力で満たされていた、それを作ったのがアリー自身なのか、はたまた別の要因なのか、手がかりのない現状では、判断のしようがない。


(どちらにしろ、またあの空間に行かないことには始まらないな
 ……いや、待てよ、さっき寝たのに、何であの空間に行かなかった?)


 ズズッと、残していたコーヒーを啜りながら考える。
と、砂糖を入れるのを忘れていたらしい。苦味の強いコーヒーに顔を顰めながら、シュガーポットから砂糖を取り出そうとして──砂糖が切れていたことを思い出した。


(あぁ、くそ、苦いのは苦手だ、ガスターに言って、また補充しておかないとな)


 せっかく淹れてくれたコーヒーを残す訳にもいかず、ミルクを投下して、なんとか苦味を誤魔化しながら飲んだ。
考察の続きを書こうとして、ふと時計に目を向ける。
長針は『11』の数字を指していた。それを確認したサンズは、カッと目を光らせると、急いで帰る支度をした。



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