UnderTale

□束の間の夢を見る
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 まだ夜が更け始めた時刻──
朝に弱いサンズにしては、珍しくパチリと目が覚めた。時計を見てみると、長針はまだ『5』の数字を指している。


(まだ、こんな時間か。
 それにしても、さっきのはいったい……)


 ゆっくりと身体を起こしてから、調子を確かめるように手を開いて、握ってを繰り返す。
夢にしては、踏み締める床の感覚や、響く音が妙にリアルだった。

 夢は、その者の願望や過去、もしくは、その時の心情を表している『幻覚』と言える。
夢を『これは夢だ』と認識して動き回るのは難しい。"それ"はただの感情であり、過去であり、願望だからだ。
だが、モンスターでも夢など見るものなのか、いや、眠っているのだから、夢を見てもおかしくはない。
だがまず、そもそも、そもそもの話だ。
──あれは本当に、夢だったのだろうか……?


(もし、あれが夢でないとするなら、余りにも非科学的すぎる……)


 たしかに、モンスターは『魔力』という、科学では証明しえない力を持っている。もしかしたら、の可能性はあるが、天才と言わしめるガスターですら、他人の夢を操作することはできていない。
ましてや、意思の持つ存在が、それこそ、現実でするのと同じようにコミュニケーションを取るなどと……
それは、余りにも現実離れしている。魔力でどうこうできる問題ではない。
だが『soul』の全てを解明できていないのも、また事実だ。
自分達研究者の知り得ないところで、なんらかの力を開花したモンスターがいても、おかしくはない。


(なんて、な。それは少し考えすぎか)


 憶測でものを言うものではない。頭をふって考えを打ち消したサンズは、しかし、と顎に手を当てる。
有り得ないことを『有り得ない』と否定することは簡単だ、だか現に、ガスターという男は『コア』という有り得ない存在を発明した。
真っ向から否定してるだけでは、可能性の芽を摘むばかりだ。

 もし、もしまた次に同じようなことがあれば──


(その時に決めればいい、アレが現実だったのか、夢だったのか)


 そこまで考えて、サンズはフッと笑った。結局、自分もガスターに負けず劣らす、好奇心旺盛な研究者なのだ。
未知の存在、謎に満ちた現象を目の当たりにして、思考を止めるというのは難しい。
それでも夜更かしをしてしまうのは頭に悪い。明日もラボでの作業が、たんまりとあるのだから。

 部屋の窓から射し込むほのかな明かりをしばらく見つめて、二度寝するか、と布団に戻る。
今度は、あの場所には行かなさそうだ。そう思いながら、サンズは目を閉じて眠りについた。




















 押し付けられた書類の整理を終え、ガスターの顔面に封筒を叩き返し。
テクノロジーに関する文献の閲覧、レポートの作製と、食糧不足問題解消のための、大量生産が可能な食物の開発の進行……
目が回るような一日だ。回る目玉などサンズにはないが、妙に疲れる一日だったと自覚している。

 だからなのかは不明だが、またあの妙な空間へと来ていた。
だが今日は、前回のような真っ白な空間ではなく、淡い色が広がっている。
パステルカラーに包まれた空間は、まるで、子供向けの絵本のような世界だ。

 辺り一面、パステル緑の野原が広がっており、時々、黄色の花が咲いているのが見て解る。
文献で見たことのある『タンポポ』という植物のようだ。
草に触れてみると、手には確かに、草に触れている感覚がある。咲いている花に手を触れると、柔らかな花弁の感覚が伝わった。
ほんのり花の匂いがする。やはりこれは、夢ではなさそうだ
 そもそも、コレが自分の夢だなんて言われたとしても、サンズ自身が認めないだろうが。


(パピルスならともかく、俺はこんな、ファンシーな世界を夢見た記憶はないって……)


 まるでお伽噺の世界だ、パピルスが見れば、きっと喜ぶだろうな。
両頬に手を添えて、目をキラキラとさせている弟の姿が目に浮かぶようだ。思わずクツリと笑ったサンズは「よっこいしょ」と言いながら立ち上がった。

 空と思われる空間には、シャボン玉のような虹色の玉が浮かび上がっている。太陽はないが、ここの空間は昼間のように明るい。
無限に続いてそうな野原は、しかし、ある一点だけ小高い丘になっており、そのてっぺんには、一本の立派な樹がそびえ立っていた。
王国の城よりも小さいが、アズゴア王の10倍以上はありそうなサイズだ。
その樹の根本には、白い影がゆらゆらと見え隠れした。あの時に出会った人物だろうか? サンズは目を細めながら、見え隠れするその影を凝視した。


(可能性は零ではない、が、そんな偶然が何回も重なるとは思えないな)


 それでも、何もせずにボーッとしているのが落ち着かないのか、サンズは樹の方向へと歩き出した。

 野原に生えている草は、意外にも長かった。
膝丈まで伸びている草を掻き分けるのは、彼にとって、思っていたよりも大変なことだった。
というより、普段の運動不足が祟っているとしか思えない。少しは運動するか、と、誰に言うわけでもなく密かに決意したサンズは、時間がかかったものの、無事に樹の根本まで行くことができた。

 近くで見てみるとわかる、聳え立つ樹の生命力。
ここまで大きな樹は、地下の世界でお目にかかるのは難しいだろう。育たなくはなさそうだが、何年先になるやら──
サンズは、樹を見上げていた視線を、視界の隅にチラホラと見える"白"へ向けた。
やはり、と言うべきか、まさかと言うべきか。昨日出会った人物と、全く同じ人物が樹に背中を預けていた。

 それが果たして、昨日と同じ人物であるかは疑問だ。見た目が全く同じでも『サンズと出会った』という記憶がないのであれば、彼女を『同一人物』と呼ぶのは難しい。


「あら……また、来たのですね」
「お、どろいたな。あんた、起きてたのか」


 果たして、目の前の人物が昨日の人物と同一であるか、否か。そう考えていた矢先に声をかけられ、サンズの思考は徒労に終わる。
そもそも、アリーの目は、長く伸びた前髪で隠れているため、目を開けているのか、閉じているのか。起きているのか、寝ているのか、非常に判断しにくいのだ。
てっきり寝ていると思っていたサンズは、こちらへ顔も向けずに話しかけてきたアリーに驚いた。
気配でも読んでいたのか。そう思えるほど、ちょうど良いタイミングで声をかけられたのだ。驚くのも無理はない。


「それは私の台詞ですよ、貴方にはとても驚かされてます
 まさか、また会えるなんて思ってませんでしたから」
「それは……俺もだ
 てっきり、夢だと思ってたからな」
「夢……そうですね、それはあながち間違ってはいないです」


 hehと、少しおどけたように笑ったサンズに対して、少しの間を措いてから、アリーも笑った。
それは、どこか物悲しげな笑みであると、サンズには思えた。


「なぁ、ここはいったい何処なんだ」
「あら、おかしなことを言いますね。さっきは『夢』だとおっしゃっていたのに」
「Heh、それは昨日までの時点で、さ
 今は、夢だとは思っちゃいない。夢にしてはリアルすぎる、かといって、現実的とも言い難い」
「……」
「こうしていると、何もかもが現実のように思えるんだ
 けど、目に映る景色は、何もかもが現実離れしている
 不思議だな、触れる感覚さえも、現実のもののようなのに」

「それでもここは、現実ではないのですよ」


 アリーがフフッと笑った。さっきのような笑みではなく、今度は、普通の笑顔だった。


「ねぇ、こんなことを聞くのは変かもしれませんが
 貴方の世界の話を、聞かせてください。誰かとお話をするのは、とても久しぶりなんです」
「……Heh、別にいいぞ。聞いてて楽しいかわからないけどな」
「あら、ふふふっ、そんなこと気にしなくていいですよ」


 まさか、自分でも了承するとは思っていなかったのか。
良いと言ったのはサンズ自身だというのに、内心で、彼は自分の言葉に驚いていた。

 サンズは、どちらかと言えばあまり社交的な方ではない。
コミュニケーションを取ることの大切さは知っている。研究は一人でするものではないため、最低限の接触は保っていた。
だが、やはりガスターの一番弟子と言うべきか、人と接しているよりも、ラボに篭って仕事をしている時の方が、圧倒的に多いのだ。
だから、まさか自分が、この得たいの知れない存在との会話を許すなどと、思ってもいなかった。
──きっとそれは、この空間のせいだろう。そうだ、そのせいだ


「それで、何の話が聞きたい?」
「そうですね、それでは────」


 その日から
夢とも、現実とも呼べぬ空間で出会ったアリーと
サンズとの奇妙な日常が続くこととなった。



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